「わしももう歳じゃ。あれを押さえ付けておくのが精一杯じゃ。しかし、あれは人々の暗き心を長きにわたり吸い続け、力をつけてきておる。これ以上ほっておくと、本体の方が復活してしまう。しかも、それをたくらむ輩(やから)が最近現れた・・・。
もし、あれが解き放たれたら、わしにはどうすることもできん。ヨシュアよ。お前はもう十分に強い。わしの教える事はもうなかろう。おまえに、シャンパ−ニの塔にいってほしい。幸いなことに、おまえは僧侶の呪文も、魔法使いの呪文も、武器もある程度使えるしな」ここは、ロマリアから北へず−といったところにある、山間の村カザ−ブ。名所なんてものは何もなく、林業と痩せた農地で生活をしている。人口150人ほどの小さな村だ。この寂れた村を、賢者になりたいと言って飛び出した、一人の少年がいた。名をヨシュアと言った。ヨシュアは15歳の時この村を飛び出し、そして3年前に、この小さな村に帰ってきたのだ。この村に住む、大魔法使いユ−ロパの師事を得るために、そして、あのときの約束を果たすために・・・彼は、師匠にそう言われて、シャンパ−ニの塔に向かう準備をしていた。彼の生家であるこの家に、もう両親の声は聞けなかった。彼が修業の旅をしている間に、母親は胸の病でなくなっており、父親も彼が生れる前に怪物に殺されていた。しかし、守り手がいないこの家を、休むことなく守り続けた幼馴染みがいた。名をフレイアと言った。彼女もまた、幼い時に両親を亡くしていて、宿屋の祖母の元で手伝いをしながら暮らしていた。彼は、塔に向かう準備をしながらフレイアのことを考えていた。そして、遠い昔の幼き日のことを。コンコンと控えめにたたくドアの音で、ヨシュアは現実に戻された。「は−い」「あたし〜、入っていい?」「ああ」おそるおそるというような感じで、フレイアが中に入ってきた。そして、どこからともなく訪れる沈黙。しばらく二人の間に沈黙が続いた後、フレイアが口を開いた「また旅に出るの?」「ああ」「また、長いの?」「いや」「どこまでいくの?」「シャンパ−ニの塔」「もう準備はできたの?」「ああ」「・・・・」「・・・・」「そう、じゃあ、うちにおいで。ご飯一緒に食べようよ。おばあちゃんと二人きりじゃあ淋しいからさ。おばあちゃんも喜ぶし」「ああ、もうすこしたったらすぐいくよ」「じゃあ家で待ってるね」「ああ」彼女との噛み合わない会話。あの言葉が言いたくて、でも言い出せなくて・・・ヨシュアはそう思いながら、ポケットを探り何かを取り出した。指輪だ。彼はそれをしばらくの間、じっと見つめ、溜め息を一つついた。そして指輪をポケットに戻し、最後の荷物として道具袋に聖水を詰め込んだ。ヨシュアとフレイアとフレイアの祖母ル−スでの三人での食事が終わった。ル−スは食事が終わると、腰が痛いといって、そうそうに部屋にこもってしまった。ヨシュアとフレイアは向かい合って、食後のお茶を楽しんでいた。辺りには、すがすがしいハ−ブティ−の香りが漂っている。フレイアは空のカップをテ−ブルに置くとヨシュアに話しかけた。「ヨシュアちゃんもう飲み終わった?」「ああ」「ちょっと外にいかない」「いいけど、どうしてだい?」「散歩がしたいの、付き合ってよ」「OK、お嬢さん」二人は村の広場までやってきた。空を見上げると、一面に星がちらついている。満点の星空と言うのはこんな空を言うのだろうと、ヨシュアは思った。「きれいだね〜」「ああ」「・・・」「・・・」「どうしたの? 浮かない顔して? 何時ものヨシュアちゃんらしくない」「ん・・・今度のシャンパ−ニ行き、失敗したら大惨事になるんだそうだ。少なくても、・・・いや、何でもない」フレイアは、ヨシュアの額に手を持っていきあてた。「な、なに。どうしたの?」「う−ん・・・熱はないみたいね」「あのねえ」「じゃあ約束して」「はあ?」「私と約束したら、失敗できないじゃない」「・・・・」「ヨシュアちゃんは約束やぶらないもんね」「・・・」「ふむ、ヨシュアちゃん目つぶって」そう言ってニッコリと微笑む。ヨシュアが目をつぶると、ほほにやわらかい物がそっと触れる。「じゃあ契約成立って事で」やってしまってから恥ずかしさが込み上げてきたのか、フレイアは赤い顔を見られないように、クルッとヨシュアに背を向けた。「しょうがないな・・・でも・・・わかったよ、かなわないなフレイアには」楽しげな声をあげて暗がりの中で微笑む彼女は、あのルビス様にも劣らないとヨシュアはそう思った。「なあ、フレイア。おまえ結婚しないのか?」「何よ急に・・・まあ、ヨシュアちゃんと違って、相手がいないわけじゃないけれど・・・まあ、もう少し先かな」と背を向けたままで、そう言った。「ははっ、違いない。そうだよな、俺の近くにいる女の子って、フレイアぐらいなもんだもんな。他はみんな結婚しちまったし・・・」「なあ、これ・・・」とヨシュアはポケットのなかを探りながらいったとたん、「おおヨシュア、こんなところにいたのか」と老人の声が聞こえてきた。「おっと、語らいの邪魔をしてしまったかな」「ユ−ロパ様」と、おもわず打ち合わせもせずにハモってしまう。フレイアはくすくすと笑いながら「そんなことありませんよ、ねえ〜ヨシュアちゃん」「ああ」ヨシュアの方は気のせいか、少し棘が感じられた。ヨシュアは小さく溜め息をついて「どうしたんですか? こんな夜更けに?」「ああ、ちょっとな」「ねえ、明日は何時ごろ出発するの?」「そうだな。なるべくはやく行くつもりだけど、どうして?」「じゃあ、お弁当作ってあげるね。行く時におばあちゃんのとこによってよ。腕によりをかけて作っとくからさ」「ああわかった。ありがと」「いいえ。それじゃあユ−ロパ様、ヨシュアちゃん、おやすみなさい」「おやすみ」「ああ、おやすみなさい」フレイアはユ−ロパの方にペコリと、お辞儀をすると、家の方へ向かった。「良い娘じゃな。器量も良いし」「ええ、とってもいい娘ですよ」「おまえは一人身だったよな」「ええ」「彼女も一人身だったよな」「・・・結婚はしてないみたいですね」「おまえに彼女が守れるか?」「は?」「歩きながら話そうか。・・・・今回のおまえのシャンパ−ニ行き、失敗すればこの村を中心に、少なくても王国(ロマリア)、呪われた村(ノアニール)、商人の街(アッサラーム)、砂漠の国(イシス)が壊滅する。どんなに、少なくてもじゃ。」「・・・・」輝々と照っていた月が雲に被われ、辺りが暗くなる。「30年前、わしは知識を求めて旅をする冒険者だった。仲間は、おまえの父親と、あの娘の両親だ。わしらは、長年の冒険により、名誉も金もできたので、そろそろ引退しようと、このカザ−ブの地にやってきた。そして、しばらくの間、わしらは幸せに暮らしておった」ユ−ロパは遠い目をして語っている。それを、ヨシュアは黙って聞いていた。ユ−ロパの話は続いている。「・・・・・・・・・・・という理由じゃ。封印が解ければ、大変な事になる。おまえに彼女が守り抜けるか?」「・・・わかりません。でも、一つだけ言えます。僕は、彼女を愛してます。・・・・・だから、彼女を守り抜くために命を張ります」「ふぉふぉふぉ。その言葉、彼女の前で言えたらいいのう」「ユ−ロパ様!」「冗談じゃ・・・そうか。たぶん明日が勝負になると思う。明日は、月が満ちる。今日はゆっくり休んで、明日に備えろ」「はい。おやすみなさい」ヨシュアは家に帰っても寝つかれなかった。しばらくしてヨシュアは起きあがり手紙を書きはじめた。その手紙が誰の目にもふれないことを祈りながら・・・ユ−ロパの言葉を思い出しながら・・・そして夜があけた・・・ドンドンドン、ドンドンドンと激しくドアのたたく音が聞こえてくる。「ヨシュアちゃん、まだ寝てるの?」「ヨシュアちゃん!」「・・・うっう−ん」「開けるわよ」きしんだ音ともにドアが開かれる。「呆れた。ヨシュアちゃん本当にまだ寝てる」「ん−・・・なんだフレイアか。もう朝か?」「なにいってんの。もうお昼近くよ。いいの? シャンパ−ニの塔にいかなくて?」「そうか、もう昼か。そろそろいかなくちゃな」「はい、おべんとう。どうする? 何か、おなかに入れてく?」「ああ。何か作れる?」「まっかせなさい」といって、フレイアは調理場の方へ足を向けた。トントントンと包丁が小気味よく音を立てる。「なあ。フレイア。最近なんか変ったことないか?」トン。包丁で刻む音がやむ。数秒後、それは再開される。「そうねえ。嫌な夢をみる程度かな?」「・・・嫌な夢?」「うん。私はどこかにいるんだけど、自分でもどこにいるかわからないの。怖くなって走りだすの。走っていると不意に辺りが暗くなって、後ろを振り返ると、そこにはなにもないのよ」「何もない?」「そう。何もないの。完全に何もないのよ。でも、それは追い掛けてきて、私を呑み込もうとするの。何時も何時も・・・呑み込まれる瞬間に、最近は目が醒めるわ。その夢をみた時はいっつも汗だくになってる。でも、その夢、小さい頃からみていたからなあ。怖くはないんけどね。それにいつもユーロパ様が出てきて守ってくれるし。でも最近ユーロパ様苦戦してるのよね」と彼女は苦笑しながらそういった。「(もう時間が余りなさそうだな。もしあれに呑み込まれれば、フレイアはたぶん・・・)」「なあ」「はい。ご飯できたよ」といってフレイアは皿をテ−ブルに並べていく。「ああ、有り難う」「フレイア」「なに?」「おまえのことは必ず守ってやる。俺が命に変えてでも・・・」「なにいってんの!」フレイアはそう笑い飛ばそうとして失敗した。そう笑い飛ばすにはヨシュアの目はあまりに真剣だった。「・・・有り難う。でも、死なないでほしいな。」そういって、フレイアは服のポケットからほんのりと蒼く輝く赤子の拳くらいの石を取り出した。「これは?」「これ、この前砂漠の国(イシス)から来た商人から買ったんだ。生命の石(いのちのいし)っていうんだって。御守りに持っていってよ」「有り難う」といって今度はヨシュアが何かを差し出す。「これは?」「ああ。母さんにもらったんだ。7歳の時に。死んだ父さんのかたみらしい。」といって手の中の物をゆらす。リ−ン−。リ−ン−。リ−ン−きれいで澄んだ音が部屋に響いた。「魔よけの鈴っていうらしい。もらってくれないか? いや、おまえにもらってほしい」「・・・いや。それにそんな大事な物もらえない」「なんで!」「だって、お別れするみたいじゃない。シャンパ−ニでそんなに大変な事をしてくるわけじゃないんでしょ。それに、魔よけの鈴っていうくらいなら、村のなかにいる私より、ヨシュアちゃんが持っていた方がよっぽど効果があるわ。・・・・・・・・・・・わかった。わかったわよ。でも、預かるだけよ。絶対帰ってきたら返すからね」「ありがとう」「・・・・」「・・・・」なんとなく気まずい沈黙。カチカチとナイフを動かす小さい音だけが部屋に響く。「御馳走様。上手かった。帰ってきたら、またなんか作ってくれよ」フレイアはニッコリと微笑んだ。「じゃ、いくわ」「いってらしゃい。気をつけて」「・・・約束してほしい」「え?」「俺が帰ってくるまで。ユ−ロパ様のそばにいてほしい。理由は聞かないでくれ」「・・・・わかったわ。じゃ、頑張って」「じゃ、本当にいくわ」ヨシュアは身仕度をすると、ドアを開けた。「いってらしゃい」ヨシュアは勢いよくドアを閉めるとシャンパーニの塔に向かった。「約束・・・か」ドアの向こうでフレイアが淋しそうにポツリといった。目の前には塔が建っていた。空には、もう満月が昇っている。あと一時間もすれば天頂に届くだろう。ヨシュアは、塔の後ろに回り込んだ。本来なら、地面になってなければいけないところに、地下にいく道が続いていた。封印されているはずの地下道が、顔を出している一瞬、ヨシュアの顔が険しくなる。この道が現れているということは侵入者がいる。ヨシュアの頭の中にユ−ロパの言葉が浮かんだ。「わし等にはあれをやっつけることができなかった。わし等が諦めかけた時メレイヤはこういった。『あれを、このシャンパ−ニの塔と私のなかに封印します。もう、これしか方法がありません。このままでは、このままでは、全滅してしまいます』そのおかげで、わし等は何とかあれを封印した・・・」ヨシュアは地下に潜っていった。中は思ったほどジメッとはしてなかったが、思った以上に禍が禍がしい何かが満ちていた。そして、思った以上にあれの封印されている場所は近いようだ。遠くの方で微かに物音が聞こえる。地下道は、光り苔かなんかが生えているのか、うっすらと明るく、明かりが無くても何とか進める。ヨシュアは音を立てないように、慎重に歩き出した。歩きながら、再びユ−ロパの言葉が思い出される。「・・・しかし、その代償はとてつもなく大きかった。おまえの父親ルクス、フレイアの父親スキュ−トは死に、メレイヤは不幸になった。くわしいことは良くわかんが、あれは、どうやらメレイヤの子供達にうけつがれていくらしい。そして、メレイヤはフレイアを生んですぐ死んだ。この意味が分かるか? そうだ。今、あれはフレイアの中に封印されておる。しかも、フレイアはそのことを知らない」五分、いや、もっと長かったような気もするし短かったような気もする。入口のところからなんとなく聞こえていた物音はいよいよはっきりしだした。どうやら、誰かが何かの呪文を唱えているらしい。前方に明かりがみえた。ヨシュアは慎重にそこを覗き込む・・・そこには、灰白色の巨大な壁がありその壁には不可思議な紋章が刻まれている、そのまえに緑色の服をきた魔法使いが二人、そして人間の背より三回りは大きいかという石像が三体後ろに控えていた。「動く石像、エビルマ−ジか・・・しんどいな」今のうちだ。怪物達は気づいていない。ヨシュアは小声で呪文を唱えた。「防御増加(スカラ)」しかし、その声が動く石像には聞こえたのか、三体のそれらはゆっくりと向きを変え、こちら側にやってくる。ヨシュアはもう一度呪文を唱える。「魔法反射(魔法反射)」ヨシュアの目の前に、光の壁が現れた。エビルマ−ジ達もヨシュアに気がついたらしく、振り返り戦闘体制に入る。魔物たちがおそってきた!動く石像Aが大きな拳を振り上げヨシュアをおそった。ヨシュアはその拳を盾で何とか受け止めた。その瞬間、吹き飛ばされるような衝撃がヨシュアを襲う。「ぐっ!」続いて動く石像Cの攻撃。しかし、石像の蹴りをヨシュアは、身軽にかわす。「大爆発(イオナズン)」ヨシュアは呪文を唱えた。怪物達の頭上に光が生まれ、その光は徐々に大きくなりそして大きな音と共に大爆発を起こす。その爆発は動く石像たちの体にたくさんの細かいひびを入れる。エビルマージBもその爆発に巻き込まれのたうちまわっている。動く石像Bは虫でもはじき飛ばすようなそぶりで、ヨシュアをはたき込んだ。「うっ!!」その攻撃をまともにくらったヨシュアは壁にたたきつけられる。が、ヨシュアが思ったほどダメージが深刻ではない。防御呪文(スカラ)が効いてなかったらこれくらいではすまないだろう。エビルマ−ジBが炎をはいた。響きわたるような音と熱風。そして、衝撃がヨシュアを襲う。辺りに肉の焼けるいやなにおいが漂う。「攻撃力倍増(バイキルト)」乾いた音がして光の壁が反応するが、魔法はかかった。武器を持つ手が軽くなった気がした。エビルマ−ジAは呪文を唱えた。再び光の壁が呪文に反応する。渦巻く炎が光の壁に跳ね返され怪物達の方へ飛んでいく。数瞬後エビルマ−ジ達は炎に包まれた。「ぎゃぁァァァ!」叫び声を上げながらエビルマ−ジBはのたうちまわり、そして動かなくなった。エビルマ−ジA、動く石像。次から次と繰り出される攻撃に、ヨシュアは防戦一方だ。「でりャァァァ!!」会心の一撃!! ヨシュアの繰り出した剣が煌(きら)めいたかと思うとその先は動く石像Aを貫いていた。動く石像Aはゆっくりと崩れ落ちそして粉々になった。エビルマ−ジAは呪文を唱えた。指先から巨大な火球が生まれヨシュアの方へ飛んでいく。三度光の壁が魔法に反応し、巨大な火球を跳ね返す。それは動く石像Cを包み込む。火だるまになった石像はのけぞり、そのまま後ろに倒れ込み動かなくなった。動く石像Bが大きな拳を振り下ろした。ヨシュアはそれを盾でうまく受け流しながら、迫りくるエビルマージを袈裟切りにする。「ぐわぁぁァァあ!」切り口から血が盛大に吹き出し、ヨシュアと動く石像Bを紅に染める。・・・エビルマ−ジAは事切れた。動く石像Bの攻撃をヨシュアはうまくよけながら石像の懐に入り込み力一杯剣をたたき込んだ。頭の部分がふっとび叩きつけた剣が首と胸のさかいくらいのところまで達する。動く石像Bは構わず体を動かそうとする・・・数瞬後、動く石像Bは前につんのめるように倒れ動かなくなった。魔物達をやっつけた。ヨシュアはフ−と息をつくと武器をもど・・構え直した。見ると焼かれたはずのエビルマ−ジが何か呪文を唱えている。ヨシュアはエビルマ−ジをくしざした。「ぐはっ」エビルマ−ジは口から血を吐きながらも呪文を唱え続けていた。『ズシュ』ヨシュアは剣を引き抜いた。「ぐはっ」エビルマ−ジが再び吐血する。「はっ、かいじゅは、おわ、った。はあ、はあ、わたし、のいの、はあっ、いのちが、つ、つきた、と、き、だ、だいま、おうさまの、かげは、ふ、ふ、ふた、たび、こ・・の・・ち・・に・・・・ぐふっ」ヨシュアは正面をに目をやった。不可思議な紋章が描かれている壁にひび割れが生じ次第にそのひびは大きくなっていく。そして、つんざくような音とともに何かが弾けた。「しまった!!」ヨシュアの頭にユ−ロパの言葉がよぎった。「・・・・メレイヤの子供達があれの封印の『形代』になり続けるかぎり、わしもそれを見守り、封印が解けんようにせにゃならん。わしはそれをおまえに任せるつもりじゃった。しかし、封印を解こうとしている連中がいる。今のわしではフレイアのなかのあれを、押さえつけておくので精一杯じゃ。万が一にも塔の封印が解ければ、わしには押さえつけることができなくなる。前にも話したように封印が解ければまず、フレイアはあれに呑み込まれる。そして大惨事になる。それは避けなくてはならん。辛い仕事かもしれんが頑張ってくれ。頼むぞヨシュア・・・」もうもうとたちこめる砂ぼこり。そしてその向うにはとてつもなく禍が禍がしい気がそこにはあった。砂ぼこりが収まるとそれは姿を現わした。それは、憎しみ、哀しみ、妬みなどの負の性質の感情が如実に伝わってきた。そして、真の闇がそこにはあった。いや、実際には何もないもの・・・空間さえ否定するもの・・・・・・虚無が大魔王の影を形作っていた。赤く尖った目がその虚無の中に浮いている。ヨシュアの頭の中に再びユ−ロパの言葉がよぎった。「・・・封印が解ければまず、フレイアはあれに呑み込まれてしまう。そして大惨事になる。それは避けなくてはならん・・・」大魔王の影はゆっくりと動きはじめた。そこに誰もいないように悠然と。ヨシュアは呪文を唱えた。「巨大火球(メラゾーマ)」「大吹雪(マヒャド)」「大閃熱(ベギラゴン)」「大爆発(イオナズン)」「突然死(ザキ)」「激風刃(バギクロス)」「聖光転移(ニフラム)」しかし、どれも大魔王の影には効果がなかった。大魔王の影は、呪文をぶつけられて、初めて気がついたようにヨシュアの方を見た。いや初めて気がついたのだろう。ヨシュアには大魔王の影が微笑んだような気がした。もちろんそれは冷たい微笑みだったが・・・大魔王の影は呪文を唱えた。「突然死(ザラキ)」ヨシュアはまず目の前が暗くなった。そして体の自由がきかなくなり、どうっと冷たい床に倒れ込む。それを見届けると大魔王の影はゆっくりと地上へと進んでいった。「うっ」ヨシュアが呻いた。「ここは?・・・そうだ、死の呪文(ザラキ)にやられたんじぁなかったのか?」粉々になった鈍く蒼い石がパラパラとヨシュアの足元に落ちる。「・・・生命の石?・・ありがとうフレイア・・・・!! いけないフレイアが!」ヨシュアは呪文を唱える。「脱出(リレミト)」風景がかわる。何時もは美しく見える月が異様に禍が禍がしくみえる。森の木々も脅えているようだ。「瞬間転移(ルーラ)」ヨシュアはカザ−ブ・ユ−ロパの家を目指した。「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」「ぬおぉぉぉぉ!!」ヨシュアがユ−ロパの家に着いたまさにその瞬間。二人の叫び声が聞こえてきた。「フレイア! ユ−ロパ様!」ヨシュアは中に飛び込んだ。大魔王の影がフレイアの体の中に解け込んだ。その瞬間、印を結んでいたユ−ロパが見えざる力によって壁に飛ばされる。「ぐわぁぁ」「フレイア! ユ−ロパ様!」ヨシュアはユ−ロパに駆け寄る。「大丈夫ですか!?」「ああ、だがフレイアが・・・」「キャアァァ」「何か方法はないのですか!?」「わからん、が、今のこの状態なら、フレイアが死ねばもしかしたら・・・」「ふふふふふ。この娘を殺しても私を消し去ることはできないなあ」フレイアが、いや、フレイアの口を借りて大魔王の影がそう言った。「嘘よ! 私には分かる。私を、今のうちに殺せばまだ間に合う」「黙れ! 小娘!」「きゃあぁぁぁぁ 」「ヨシュア、このままでは・・・」「・・・・」ヨシュアは呪文を唱えた。フレイアの頭上に光が生まれその光は徐々に大きくなる。その光が大きな音と共に大爆発をおこした。しかしフレイア達には効果がないようだ。「な、なにするのや、やめてヨシュア。私はヨシュアのこと愛しているのよ!」フレイアがいった。いや大魔王の影がいったのかもしれない。が、どちらが言ったにせよ、ヨシュアの手を鈍らせるには十分な言葉だった。「ヨシュア・・・早くしないと」「・・・俺にはできません。俺にはフレイアを・・・」「ヨシュア、怖いわ。私を助けて」「ヨシュア」「ふふふふふ、愚かなものだな、人間というものは、私を消滅させないと、まずいのではないのかね、私の力は知っているだろう」そう言うとフレイアは呪文を唱えはじめた。手の中に紅蓮が集まり踊る。「大閃熱(ベギラゴン)」灼熱の炎がヨシュアとユ−ロパを襲った。「ぐわあぁぁ 」「うわあぁぁ 」ヨシュアも、ユ−ロパも虫の息だ。「全体治癒(ベホマラー)」ヨシュアが呪文を唱えた。焼けただれた二人の皮膚が見る見るうちに再生していく。「防御力増加(スカラ)」ユ−ロパが呪文を唱えると、ヨシュアの鎧が鈍く輝いた。「ヨシュア、さあ! 早く」しかし、ヨシュアはうつむきじっと床を見つめている。「ええい、おまえがやらんならわしがやる!」ユ−ロパは、壁にかけてあった理力の杖を手に取るとフレイアと対峙した。「まさか、もう一度おまえとやり合うはめになろうとはな」「ん? おお、あの時の魔法使いか、人間とは老いるものなのだな。あの時はあの僧>侶の愚劣な策によってまんまと嵌られたが、今回は、そうはいかんぞ。まあもっとも、あの僧侶もいないことだし、そんなこともおこらんだろうがな」フレイアは目を細めながらそういった。「まあ、いい。今度こそ、おまえの魂を魔界にひきずりこんでやろう」そう言うと、フレイアは大きく息を吸い込んだ。「いかん、ヨシュア、防御光膜呪文(フバーハ)を」「防御光膜(フバーハ)」ヨシュアが呪文を唱えると、絹のような光が二人を包んだ。冷たく輝く息が二人を襲った。「ほう、防御光膜呪文(フバーハ)か。でもその呪文じゃ炎や吹雪を押さえることはできても呪文は効果がないんだったな」「魔法反射(マホカンタ)を頼む」そう言うとユ−ロパはフレイアに向かっていった。