「雪、積もってるよ」 
 そう言って、わたしは祐一の隣にたち傘を差しかける。 
「そうだな」 
 祐一は、ただじっと前だけを見てそう言った。 
 家族だった人が、それこそ雪のように消えてしまって2週間。特に彼女と親しかった祐一の傷は深かった。 
 祐一の目の前に広がるのは、すべてが雪に覆い隠された雪原。ただ、もの悲しい風景が広がっているだけのものみの丘。 
 今のわたしには、それだけしか映らない。でも、祐一の目に今映っているものは、きっとそれだけじゃない。長い間、祐一のことを見ているわたしにはそれがわかった。 
 本当は放ってあげておいた方がいいのかもしれないけど、頭に雪を積もらせたこの状況で放っておく訳にもいかなかった。 
「風邪ひくよ」 
「大丈夫だ。馬鹿は風邪をひかないからな」 
 わたしはその言葉にため息をついて、何も言わずに祐一の頭や肩に積もった雪を払った。 
「別にいいのに。でもありがとう」 
「いつから、ここにいたの?」 
「雪の降る前から。来るときは雪が降っていなかったんだ」 
 雪が降り始めたのが2時間くらい前。ということは、祐一は2時間以上この冷たい風の吹きさらす丘で、じっと佇んでいたことになる。 
「風邪ひいちゃうよ」 
「大丈夫だ。馬鹿は風邪をひかないからな」 
 先ほどと同じやりとり。わたしはもう一つため息をついて自分の手袋を外し、そっと、祐一の手を握る。 
 手袋をしていない祐一の手は、2時間以上冷たい外気にさらされていたせいで、冷え切っていた。 
「手、冷え切ってるよ」 
「ああ、心が温かいからな」 
「うん。そうだね」 
「そんなことしたら、名雪の手が冷たくなっちまうぞ」 
「わたしは心が冷たいからね。きっと祐一に冷やして貰ってちょうどいいんだよ」 
 そう言いながら、わたしはぎゅっと祐一の手を握りしめる。冷たい祐一の手と冬の外気が、手袋に守られていたわたしの手の温もりを見る間に奪っていく。 
 そしてほんの少し、わたしの温もりが祐一に移る。 
「莫迦だな。名雪は」 
「そうだよ。わたしは本当に馬鹿だもん」 
 わたしがそう言うと、祐一は小さく肩をすくめて、そっとわたしの手をふりほどいた。 
 そして、なにも言わずにわたしから傘を取り上げ、丘に背を向けると街の方へ歩きだした。 
「暖かいものでも飲んで帰ろうぜ」 
「うん! わたし、イチゴサンデー!」 
「イチゴサンデーじゃ身体暖まらないだろ?」 
「じゃあ、紅茶もつける」 
 わたしはそう言いながら祐一の差す傘の中に入り、祐一の冷え切った手をもう一度手にとった。 
 祐一の手だけではなく、心の中の寒さも暖めてあげられるように。 
FIN 
あとがき
どうも、初めての人は初めまして、2回目以降の人はお久しぶりです。琴吹です。
随分久しぶりになってしまいましたが、作品を提出することが出来ました。
今回お題を聴いたときには祐一に傘を差し掛ける美汐だったのですが、後半の祐一の手を握りしめたところで名雪に主役を取って代わられました。
機会があれば、美汐版も公開出来たらいいなと思います。
琴吹 邑