日常とは常日頃から繰り返される事の事で、突然ふっと湧いて出たような出来事もそれが常になれば日常になる。
友人(本人談)曰く、お前が来るまでの日常と来てからの日常では騒がしさが桁違いだとか……。
「お昼だよ〜〜」
日直の授業終了の合図と共に隣から聞こえてくる聞きなれた声。
「おう」
その声に何の捻りもなく端的に答えながら、彼――相沢祐一は大きな欠伸を漏らす。
視線を横に向ければ何が楽しいのか笑みを浮かべている従兄弟の少女――水瀬名雪が普段通り授業中の爆睡を微塵も感じさせないほど笑みを浮かべて自分を見下ろしている。
「相沢君、熱でもあるの?」
だが、そんな従兄弟にも構わず声をかけてきたのは斜め前の席の従兄弟の親友――美坂香里だった。
「いきなりなんだ、それは?」
そんな彼女の意図がわからず、思わずそのまま聞き返してしまうが、その彼の言葉に彼女だけでなく先程まで笑みを浮かべていた従姉妹までもが怪訝な表情をする。
「おい、北の。俺はなんか変なことでもしたのか?」
そんな二人の反応に疑問を感じた祐一は、そのまま自分の後ろの席に陣取る相方――北川潤へと振り返る。が、
「まあ、な……」
やはりと言うか、彼もまた前の二人にならうように何か言い淀むような口調で苦笑を浮かべる。
(天才は誰にも理解されないか……)
そんな成層圏も突き抜けるようなまったく見当違いのことを心の中で呟きながら彼は疲れたようにため息をもらす。何のことはなく、その原因が自分にあるのだと理解していないあたり、彼らしいと言えばそれまでなのだが……。
そんな四人の沈黙を破ったのはいつも通り、馬鹿がつくほどお人好しと呼ばれる北川だった。
「それより、今日もいつもの場所か?」
「そうね、今日もあの子はりきってたから……」
「うう〜〜」
彼の言葉を皮切りに沈黙を破って言葉を交わす香里と名雪。だが、
「悪い、俺は今日ここで食べる」
いつもであれば真っ先に飛び出してもおかしくない祐一は意外な言葉を喋る。
「ここって?」
「何を食うんだ?」
天然故か、名雪はその言葉の意味を理解せずともある程度理解は出来ていたようで、不思議そうに教室を見回し、馬鹿故にか、北川は何やら怪しい笑みを浮かべながら祐一の肩に手をのせ、すでに攻撃準備を整えていた。
だが、そんな二人に対して彼は「飯に決まってるだろ?」と呆れるような口調で淡々と答える。それは当然のことだが、こと言葉遊びでは引けをとることのない学年主席はその意味を聞き逃さなかった。
「あら、それは栞のお弁当がいらないってこと?」
平然とした言葉。だが、言外にその口調は多少の怒りが含まれ、日常の憩いを楽しんでいた教室内の生徒はその周囲にメラメラと浮かび上がる何かを目撃する。その時、ある人物の髪の毛が何かを感じ取ったかのように立っていたのは言うまでもない。
しかし、やはりと言うか彼――相沢祐一は偉大で愚かで、視線をかばんに落としながら口を開く。
「ああ、今日はちょっと早く起きてな」
「「!?」」
その彼の言葉に学年主席と陸上部部長は目を見開く。
「時間があったからお弁当を―――」
「「「「「「「「「!!!?」」」」」」」」」
その瞬間、教室中の女子の視線が一瞬にしてある一点に集中する。
従姉妹の住むこの北の地に転校してきて数ヶ月。従姉妹の家に居候していると言う驚愕の事実から始まり、授業中や休み時間問わず親友と馬鹿を繰り返し、学校一の問題児と言われていた先輩と親しくはなっては生徒会長に真っ向から喧嘩をふっかけ、終いは少女の拉致誘拐?疑惑をかけられ、食い逃げの常習犯としてご近所どころか街中にトラブルメーカーとして名を馳せた人物。
しかし、そんなトラブルの渦中にある人間でありながら、彼の人柄は他人をひきつけてやまないものがあり、時間と共に周囲の人間にも広く親しまれている。
が、
「「作ったの!!?」」
驚きを隠せない表情で驚愕している学年主席と一つ屋根の下に暮らしている従姉妹。その二人の驚きの表情に呆れるような眼差しを向けつつ、彼はゆっくりと鞄から取り出した包みを机の上に置く。
その包みは二人の背中越しに見える教室中の女子や男子の目から見ても、明らかに手作りとわかるものだった。
――ああ、今日はちょっと早く起きてな――
そして教室内の祐一と二名を除く全員の脳裏に彼の先ほどの言葉がフラッシュバックする。
――時間があったからお弁当を……――
もはやここまで来れば誰にでもその先に続く言葉が一瞬にして補完されるだろう。
転校からここ数ヶ月、最初は友人らとの学食で始まり、上級生のお食事会に最近では下級生にお弁当を用意して貰う今日。そんなことから日常の彼を垣間見ることの出来ない女子にとってその小さな刺激はダイナマイトもかくやと言うほどの十分な破壊力を持っていた。
恋焦がれる年頃の少女として、ましてや日頃の行いとは裏腹にいざと言う時に垣間見せるその真剣な表情は多くの女子にとって麻薬以外の何物でもない。そして、そこに注がれたのが気になる彼の手作り弁当。彼女らの理性を破壊するにはあまりにも破壊力がありすぎるもので、気の弱い子や奥手な子に至っては失神する始末。
「じ、じゃ、俺は栞ちゃんとこ行くから……」
そう言いながら普段から学食を活用する彼は唯一安全圏への道を確保しようと足早に彼の傍を離れて行き、
ぴょこぴょこ
トレードマーク(本人否定)とも言える髪を左右に揺らしながら廊下へと抜け出し、
ガシャン
普段の馬鹿さとは裏腹に御丁寧に教室の扉を閉めて安全圏へと抜け出した。が、そのわずかな音が、始まりの合図だった―――。
=> 一方その頃、学食
「ゆ〜〜いちさ〜〜〜〜〜ん」
「……ふぅ、水瀬先輩や美坂先輩も遅いですね?」
幸か不幸か、かの学年主席の妹君は授業がわずかばかり遅く終わったため早めに憧れの先輩に会うべく食堂へと直行して彼らを待っているのだった。
もし、この時彼女らの授業が間違いでもあって早く終わっていたなら、姉が妹を虐殺すると言うR指定確実の行為が行われていただろう。
=> 戻って教室
ヒュッ
風を切るわずかな音。それと共に彼女の拳は抉り込むように弧を描きながら屠るべき最凶?の強敵へと伸びるが、やはり彼女も恋愛と言う名の狩りを行う狩猟者。一瞬にして様変わりした隣にいる親友――敵の気配に一拍遅れて反応するが、生粋の脚力で反応の遅さを覆すほど易々と間合いを開ける。
いや、その二人だけではない。室内にいた女子全員が目の色を変えて近くにいる友人やクラスメイトへと掴み合いを始め、普段は静かな女子レスリングに所属する桜庭さんは近くにいた男子(斉藤)を武器にジャイアントスイングで周囲を薙ぎ払い、ソフトボール所属の強打者である笹原さんなんて何処から持ち出したのかおもちゃ屋などで売っているカラーバットで最短距離を邪魔する障害を全てフルスイングでかっ飛ばしていた。
だが、そんな二人などまだまだ序の口。最も相沢祐一の近くにいながら彼にどうしても振り向いてもらえない二人――名雪と香里はすでに人知の領域を超える速さと威力で死力を尽くして死合っていた。
右、左と続き更に女性と言う身体の柔らかさを活かした後ろ回し蹴り。だが、その相手をする少女も並ではなく、相手の間合いのぎりぎりの距離で右に左に避けながら相手を一瞬で刈り取るべく機会を伺っていた。
美坂香里の武器が日々馬鹿二人とトレーニングにより鍛えられた掴みと投げと言う連携、そして変幻自在の拳であるなら、彼女、水瀬名雪は対照的に日々の弛まぬ努力と生死を分かつ遅刻との争いによって勝ち取った強靭な脚力だ。
深く誘い込むかのようにがら空きにする胴。だが、その懐へと潜り込もうと彼女が一瞬にして身体を沈め一歩踏み出すなり、先程顔面を捉えるべく放たれたはずの拳は急激に進路を落として彼女の頭上へ。一瞬にして軌道を変えた敵の拳に、彼女は予め呼んでいたかのように這うようにして横へ跳び、なびく長髪を手でかきあげて捕まえようと開かれていた手から救出、一方で相手を崩すべく足を刈りに出るが僅かの差で空を切る。
美坂香里の連撃はチャンスを掴むために果敢に前へと進む姿勢であると同時に、水瀬名雪の象徴とも言える強靭な脚力による一撃を放たせないため。深く潜り込むようにストレートを放ち潜り込もうと言う仕草を見せれば軌道を一瞬にして変えて横から刈り取るようなフックへ、更には自らの勝機のために相手を捕らえようと手を伸ばすが、明らかに溝のある移動範囲において後一歩でその手で掴むことが出来ない。
一方の彼女――水瀬名雪は、普段の天然200%オーバーからは想像が出来ないほど凛々しい表情をしているが、やはり彼女とは踏んだ場数の違いからか反応がどうしても1テンポ遅れてしまい後手後手へと回ってしまっている。が、それでも彼女が僅かに優位な位置に立っているのは日頃から鍛えられた脚力による破壊力抜群の一撃を彼女が恐れているからだ。もし、これが彼女以外の人間であれば多少のダメージ覚悟で間合いに踏み込み頭を足の甲で刈り、そこから地面に叩き落として頭蓋骨を割るのだろう。が、最初にダメージをもらった時に身体を掴まれればその時点で豪快な投げへと繋ぎ、叩きつけられた痛みが襲う瞬間に足の筋を引き千切られることを恐れるが故。
相手を良く知るが故に……、だからこそ、彼女たちの勝敗は一瞬にして決する。
(脱落者が多いわね、これ以上時間をかけたら昼休みが終わってしまう!)
(だお〜〜、早くしないと祐一がお弁当食べ終わっちゃうよ〜〜!)
もぐもぐもぐ
そんな教室中の地獄絵図もなんのその、当の本人である相沢祐一はその鈍感さ?故にか既にお弁当に箸をつけており、すでに三分の一を食べ終えていた。
「おいしそうなお弁当ね?」
そんな彼に近づいてきたのは彼に遅れること一ヶ月、このクラスへと転校してきた剣道部仮所属の自称乙女(正確には自他ともに認める)の七瀬さん。
相沢祐一と言う前例を真っ向から覆すほどの人当たりの良さと話し易さ、一部男子の中では時折垣間見せる凛々しい表情も人気らしい、校内での男子の人気急上昇中で、本人曰く「乙女」を目指しているらしいが、その物事への一途さ故にか周囲からは引き止められると言う悲運もある。
だが、この時彼女はそれに気づけなかった。
「ああ、秋子さんのお手製だからな」
彼の口から投下された核も足元に及ばないほど破壊力をもった爆弾に……。
「え?あきこ……さん………?」
「ああ、名雪の母親で俺の叔母さん。失礼だけどな」
一瞬にして静まり返る教室。その突然のことに生徒からの報告を受けて教室の前に訪れていた生活指導の先生も思わず足を止めてしまう。
しかし、その彼の丁寧な説明も意味もなく、七瀬さんは唖然とした表情で固まっている。
「どうした?」
「……えっと、非常に言い難いんだけど………」
こめかみを押さえ、言葉を選びながらゆっくりと喋る七瀬さん。
「それは……そのお弁当は相沢君の手作りじゃないわけね?」
「さっきも言ったぞ?これは秋子さんが作ってくれたお弁当だ」
最後通告。
呆れるような表情で箸を加えながら答える祐一に、七瀬さんは盛大なため息を漏らすと共に踵を返して彼の傍を離れていく。その自分の後ろ姿を呆けた表情で見つめている故人相沢祐一にお別れだと手を振りながら……。
そして、彼がゆっくりと向き直った教室には―――、
「…………」
一人、また一人と僅かな音もなく立ち上がる影。その周囲にはどす黒いオーラが溢れ出しており、時間と共に教室内を闇の中へと変換するかのように先程まで回りに存在していた感覚を消滅させていく。
カラカラン
人の手から落ちる一膳の箸。そして、彼の目の前に存在したのは、自分に対する憎悪に満ち溢れた数多の修羅の姿だった………。
=> そして、水瀬家
いつも見慣れたはずのリビングとキッチン。だが、
「祐一さんのお弁当はおいしいですね」
ただ一人の勝者がとても嬉しそうに件のお弁当を食べていた。
=> ついでに食堂
「えぅ〜〜〜」
「遅いですね、相沢さんや先輩たち」