『ゲームは終わらない』

 

 

 小春日和……。多分こんなの日を指して言う言葉なのだろう。そんな他愛もないことを意味深に感じてしまう私に苦笑してしまう。
 その横で栞さんは深い深呼吸を何度もする。それは多分、去年の今頃は或る意味、間違いなく病気が悪化しだした頃だったから外出、ましてや皆で紅葉狩りを兼ねたハイキングなんて考えられない状態だったからだ。だからその分余計に感慨深いのだと思う。

「それで、何回感動の深呼吸をすれば気が済むのかしらね……」
 香里さんはいつも通りクールにそう言うと溜息をついた。
「いいじゃないですかっ。ひょっとしたらこんなところに来る事なんか出来無かったかも知れないんですよ! そうですよね、美汐さん」 
「確かに、この大自然を堪能しないのは人として不出来というものです」
「天野さんまで……」
 そういうと香里さんはまた大きな溜息をついた。
「……香里、諦めよう。屁理屈で二人に敵うヤツは見たことがない」
「そうね。ましてや二人纏めてとなるとさしもの相沢君もお手上げってところよね」
「特に天野はおばさん臭いから妙なところで説得力がある」
 相沢さんと香里さんが何か失礼なことを言っているのが聞こえたので 
「屁理屈って何ですかっ!」
「物腰柔らかで落ち着いていると言って下さい」
 と二人同時に抗議していると、

「うぐぅ……みんな速いよう」といつもより重装備の月宮あゆさんが追いついてきた。
「だから、少しは荷物を加減しろって言っただろ」
「うぐっ……祐一君がお弁当をボクの中に押し込んだからだよ!」
「それじゃ、アレを栞に持って登れ、おまえはそういうんだな。それに、まるで全部押しつけたようにも聞こえるしな。案外薄情なヤツだったんだな、あゆは」
 月宮さんを一度見据えてからにやっと笑い、今度は薄目で窺いながらうんうんと頷いて勝手に納得したようだ。
「そういう祐一君が持てば良かったんだよ」
「そうですっ!」

 確かに月宮さんのリュックの中に断り無くお弁当を押し込んだのは問題が無かったとは言えないけれど、栞さんが作った分のお弁当全部を押し込んだというわけではなく、半分ほどはちゃんと相沢さんも責任持って運んでいる。それだけの分量があったのだから、その分の罪を相沢さんが全て被る必然性はない。寧ろ酷というものだ。
 そう思って香里さんに目配せをすると、「そうよね」と目で苦笑いで同意してくれた。そこでその場でいつものように揉めている三人(この場合二対一)を治めるために私は助け船を出すことした。

「予定の展望台まで到着しましたし、まだ少しお昼には早い時間ですけどお弁当にしましょう」
「そうですね」「そうだね」「そうだな」と三者三様に同意して休戦した。

「そうね」
 ホッとしたような表情で香里さんがそういうと「ありがとう」と小声で耳打ちした。勿論相沢さんも「恩に着る」と目配せをしてきた。

 お弁当の中身はこれまでになく豪勢なものだった。
 久々のことで栞さんも腕によりをかけたのだろう。中身は質量共に仕出しの行楽弁当など目ではなかった。相沢さんは中身の出来映えよりも量に圧倒されてウンザリしていたほどだ。確かに五人で処理できるかどうか……

「まて、オレを忘れて貰っては困るぞ」
 そういえば、北川さんもいた。六人……でも何とかなるかどうか微妙な塩梅の量だった。

 メインである三角形のいなり寿司とおにぎりに始まり、定番の出汁巻き卵、タコ型ウインナー、サンドウィッチなど定番が大きめのバスケット状の折り畳める容器の中にそれぞれアルミホイルに包まれてぎっしり詰めこまれていた。そういった類の容器が五つばかりあった。確かにそのうち二つを押し込まれては月宮さんでなくても文句の一つも言いたくなるのは理解できた。

 皆も、最初のうちは味わって食べる余裕すらあった。しかし、半ばを過ぎてもまだまだある状態にウンザリし出して、遂に皆の中でも少食な栞さんと私が舞台を降りる。その後、流石にダウンしたらしく香里さんがリタイア。
 そして、相沢さん、月宮さん、北川さんが全てを腹中に収め終わる頃には、予定の下山開始時刻の十四時を回っていた。一同、慌ただしく荷物を纏めると早速下山ルートに入り、麓のバス停には何とか予定通り着いたのでホッとしていると

「名雪さんにも来て貰えれば良かったです……」
 と栞さんが呟いた。
「栞……」
 皆の顔が一斉に強ばった。 
「栞ちゃん、『水瀬名雪』なんてムグゥ……」 
「北川君!」
 月宮さんはまだ何か言いたそうな北川さんの口を押さえ続ける。
「名雪は……、あいつ、都合つかなかったんだよ。だからまた今度な」
「そうですか……残念ですね」
 栞さんが納得する頃、五分遅れのバスがロータリーに滑り込んできた。


 

 美坂家について栞さんが自室に入っていくのを見届けた私と相沢さんは、香里さんを連れて百花屋に赴いた。暖簾を潜ると、北川さんと月宮さんが待っていた。

 

「待ちましたか?」
「そんなには待ってないよ」
「そうだな。あれから三十分ぐらいだからな、早い方じゃないか」
 私の問いに北川さんとあゆさんはそういって答えた。
「それで、香里はいつまでこの芝居続けつもりなんだ」
「それは……」
 香里さんは言葉に詰まって口をつぐむ。
「そうだな。オレも危うく口を滑らしそうになったからなあ……」
 すまなさそうにそういうと頭を掻いた。 
「フォローするのに苦労したよ」
「まあ、潤も悪気があった訳じゃないんだしね」
「うぐぅ……仕方ないよね」

 栞さんが自分の内面世界を外に対して適応するようになってから暫く経つ。
 最初の原因は、去年、高校時代入学してすぐに受けた執拗なイジメだった。そして、程なく彼女は学校に来なくなった。引きこもりの始まりだった。香里さんと相沢さんからそのことを知らされた私は、多少屁理屈で我が儘だけれど、明るく誰からも好かれるような人なつっこい性格の中学までの彼女からは俄に想像できなかった。

 リストカット、抑鬱、パニック障害、統合失調症。香里さんの口から発せられる不吉な単語。そして、包帯を巻かれた彼女の手首を見たとき、心が壊れるのなんて案外簡単なことだとそう思わずにいられなかった。

 冷静であろうとする香里さんを前に、私は自宅で引きこもる妹の真琴と栞さんを重ね合わせていた。妹もまたいじめが原因で不登校から引きこもりに至った。親友の栞さんの現実を垣間見たとき、もう他人事ではいられないそう感じた。

 その後、心を開いていたのは実の姉の美坂香里さん、栞さんの恋人の相沢祐一さんとその従姉妹で香里さんの親友の月宮あゆさん、香里さんの彼の北川潤さん、そして私、天野美汐の五人。私たちは色々と思案した。勿論、医師との連携は欠かさなかったけれど、少しは私の経験も役に立ったのかもしれない。

 それが功を奏してか、今年になって少しずつだけれど彼女は外出するようになった。しかし、それが異変への第一歩だとは最初は、誰も気付かなかった。

『そういえば最近名雪さんを……』

 警鐘は彼女のその一言だった。その時になって漸く彼女に起こった異変に気が付いた。

 『Kanon』というゲームが世を席巻のは丁度その頃だった。
 もともとPCの十八禁ゲームのアダルトシーンを削除してストーリーの帳尻を合わせて家庭向け化したゲームだった。元がアダルトシーン不用とまで言われた良作で、概ねウケが良く、数々のゲーム機向け移植やグッズも順調に売り上げを伸ばしたらしい。
『名雪さん』こと『水瀬名雪』とは主人公の従姉妹。主人公は都合でその家に居候することになり、彼女と待ち合わせするところからゲームは始まる。 北川さんによると、『私の名前憶えてる?』は導入部の名台詞だそうだ。『そういえば、相沢って主人公に性格似てるよな』と言った彼が、香里さんから修正を受けたのは言うまでもないが。

 壊れた心で栞さんはそれを受け入れた。

 相沢さんが転校生だったこと……転校してきたのはずっと以前、それも中学時代だったのだけれど……

 彼に同い年の従姉妹がいたこと……勿論、現実には月宮あゆさんだったのだけれど……

 彼女に妹想いのクールで熱い内面を持つ優しい姉がいたこと……

 そして、何より直接の原因が、彼女が偶然そのゲームを手してしまったことが全ての引き金になったのは言うまでもない。

 
 そして、人間関係は彼女の中で微妙に再構成された。闖入者を内包して……

 

「……うぐぅ。いつも思うんだけど、どうして、ボクがその『名雪さん』の役じゃなくての七年の眠りから覚めた子の役なのかな。ボクは食い逃げなんかしないのに……」
「『うぐぅ』で『ボク』だからだろ。まあ、あゆにはとんだ災難だったけどな」
 月宮さんはまた、不満そうに「うぐぅ……」と唸った
「あら、災難はあたしもよ。心を閉ざした姉の役を演じなきゃ為らなかったんだから。どれだけあの子が心配だったか」
「……同情はする」

 あれ以来、栞さんの前では私たちは演じ続けている。存在しない者が存在しているかのように……
 
「オレ達はいつまで続ければいいんだ? 美汐ちゃん」
 北川さんはそういって溜息を吐いた。
「……急激な変化は彼女に負担をかけますから、心療内科の先生から許可を貰うまでになるでしょう」
「栞のためなら多少の事は仕方がないか」
「そうだね……」

 溜息をついた一同の前に、ラストオーダーの時間を知らせるアルバイトのウェーターがやって来るのは、その直ぐ後のことだ。

 

 

 

 

 

 ……けれど、直面する現実のラストオーダーにはまだ早く

ゲームのスタッフロールまでに、私たちは、今までの数倍の溜息を吐かねばならなかった……

 

〜fin〜

 


<後書き様のもの>

栞「美坂栞です」椋「藤林椋です」

……作者の『参謀中佐』でございます。初めまして。

椋「またやっちゃったんですね……」

栞「某所の祭のダークな椋さんといい、こちら様といいそんな事する人嫌いですっ!」

 ……仕方ないでしょ。コンペ用のネタ余ったんだし。

椋「ネタのリサイクルですか。環境には優しそうですね」

栞「私には優しくないですっ!」

 ……ごもっともで。ダークっぽいシリアスってあんまり書いてて面白くないし

栞・椋「だったら書かないでくださいっ!」

 

 ……お後が宜しいようで

神奈「ご感想・ご意見お待ちしておるぞ。作者には真摯に受け止めさせるゆえ」 

 

 

(すみません……こんなので:作者)