はて、と思考を巡らし、記憶を掘り起こす。
 今の自分の状況。これからすべきこと。そして、こうなった理由。
 
 ――別に、そんなことを考えなくても答えは簡単だった。
 
 

 こめられているもの
第4回ピンポイントお題式SS企画

 
 
 記憶は基本的に混沌としている。記憶において順序は明確ではなく、ただ記憶を保存する際に同時に明記した時間を以てして順序を理解しているに過ぎない。
 つまり忘れるものはすぐに忘れるし、忘れないものはいつまでたっても忘れない。
 記憶は後入れ先出しLIFOでも先入れ先出しFIFOでもなく、まったくのランダムだ。
 そういえば記憶は銘記、保存、再生、再認の4つのシステムで構成されていると何かの本で読んだことがある。
 銘記で記憶として取り込み、保存で溜め込む。再生で思い出し、再認で正しいかを確かめる……というものだったはずだ。
 とすれば、再生と再認を繰り返したモノは忘れにくくなるのだろうか。
 書き込み条件が同じなら、読み込みの条件が違うのだろう。
 ……あぁ、つまりは再生と再認は再書き込みとなるわけか。だから記憶は強烈な思い出でも劣化するのだろう。
 まったく、人体の記憶システムとは合理的でコンピュータ染みている。
 
 ―――などと、そんなことを考えながらもあたしの手は止まっていない。
 
 相変わらず包丁を握る手は震えることもずれることもなく、正確に動いていた。
 火にかけたフライパンの上では香ばしい音と匂いが舞っている。
 何か別のことを考えながらでも作業が出来るというのはいつ考えても凄いことだ。
 複数のタスクの並列処理。これもまた、コンピュータ染みている。
 まるで人間がコンピュータになっていくような感覚――いやそれは違うか。コンピュータが人間になっていっているのだろう。
 いつか人間なんていらない時代が来るんじゃないか、などと思って、その馬鹿らしさに笑いが零れた。
「でもまぁ、間違いなくそんな時代はくるんだろうけど」
 実際は笑えないかもしれない。
 確かにいろいろと楽になるかもしれないが、そこまで頼るのも何か癪だ。
 人間は目先の便利さの為に我を見失っているというか……それほどまでに余裕がないのだろうか。
「わからないでもないけどね」
 卵を割りながら、そんなことを言って笑った。
 
 
 記憶を呼び起こす。
 一体なにがあって、こうして包丁を握ることになったのか。
 
 ――そう、確か話は昨日の昼休みにまで遡る。
 
 いつも通り学食で昼食を取ろう、と話していた時。何故か、栞がやってきた。
 とは言ったものの、朝から何かつくっていたし、大きな包みを持っていたのだから何をしに来たのかは大体予想がついてはいたのだが。
 とにかく、栞は教室に入ってあたしたちを見つけると同時に元気よく言ったのだ。
 
「今日はお弁当をつくってきました!」
 
 という光景は別に初めてではなかった。
 今までにも何度か――と言っても数えるほどしかないが――栞が包みを持ってやって来たことはあった。
 ただし、歓迎していたかと言えば返答には窮してしまう。
 別に味が悪いわけではない。見た目が悪いわけでもない。あんな栞でも、料理は得意だったりするのだ。
 だからこの場合歓迎できないことと言えば、これはまた中々有り得ないことだとは思うのだが、つくる量が多すぎるということになる。
 栞が言うにはあたしと相沢くん、そして当然自分の分という三人分のはずなのだが、どう見てもソレは軽く五人分を超えるくらいの量があったりするのだ。
 その場の流れで名雪と北川くんも一緒に食べることになるのだが、流石に昼食を取るだけで疲れたくはない。だから、歓迎しているかと言えば返答に窮してしまう。
 
 
「ホント、どうしてあんなに大量につくるのかしら」
 玉子焼きをつくる手を動かしたまま、そう呟いた。
 今までお弁当をつくろうなどと考えたことはなかった為にまったく予想が出来ない。
 料理ならそれなりにするのだが……やはり違うのだろうか。
 わからない、と呟く。
 少し考えれば量が多すぎるということくらいは気付きそうなものなのだが、気付けないほどの何かがあるということだろうか。
 ――再び記憶に潜る。これはコトの発端であって動機ではないからだ。
 
 
 仕方ないので、やはり今回も皆で栞のお弁当を囲むことになった。
 量が多いとは言え、味は確かなのだから最初はみんな嬉しそうに食べ始める。
 まぁ、大味で大衆向けの学食や、味気ない購買のパンと比べれば何倍も嬉しいだろう。
 だがそれも最初だけだ。しばらくすればどうしても量の多さに眩暈がしてくる。
 今回もか……、と誰かが呟く。
 栞は聞いていないのか、気にしていないのか、相変わらずにこにこしていた。
「遠慮しないで、どんどん食べちゃってください」
 その言葉が辛いということが、きっと分かっていないのだろう。
 それでも必死に食べてくれる相沢くんは本当にいい人だ。名雪なんかはすぐにダウンしたと言うのに。
 そういうあたしももう限界だ。腹八分目という言葉をよく聞くが、これはどう考えてもそれを軽く突破している。栞も女の子なのだからその辺りを考慮してくれると嬉しいのだが。
 ――あんなに嬉しそうな顔を見ると、それも無理かもしれない。
 
 はぁ、とため息をついたころ。相沢くんは何とか栞のお弁当を空にしていた。
 うまかったぞ、と平静を装って言う相沢くんに心の中で盛大に拍手を送った。
「でもさ栞、もうちょっと……量を減らそうな」
 それは心の底からの要望だったのだろう。相沢くんの笑顔はまるで泣いているかのように見えてしまった。
 だが栞もまた、すごかった。
「そうですか? じゃあ、今度は気をつけます」
 その言葉を今まで何回聞いたか分からない。
 相沢くんもやはり、肩を落としていた。
 
 と、ここで話が終わればいつも通り。
 だが、今回は少し。でも、あたしにしてみればかなり、話が違っていた。
 
「そうだ。香里、一回栞の代わりに弁当つくってみてくれよ」
 その言葉は本当に唐突で―――。
 
 
 いくらかの悶着の後、結局こうなってしまったわけである。
 相沢くんの言い分は、栞の弁当が美味いのだから香里のつくった弁当も美味いのだろう、ということだったが、間違いなく栞のお弁当対策だろう。
 あたしとしてもこのまま大量のお弁当をつくられてはいろいろと困るので、仕方ないといえば仕方ない。
 それに正直な話――たまにはいいかな、と思ったからでもある。
「料理も嫌いじゃないしね」
 とは言うものの、結局それは言い訳の気がする。
 そう、もっと簡単な理由なのだ。自分がこうしてお弁当をつくろうなどと思ってしまったのは。
 あんなに嬉しそうで楽しそうな栞の手前、考えないようにはしていたのだが―――――。
 
 ――今回は相沢くんが頼んできたから仕方なく、だ。
 そう自分に言い聞かせることにした。
 
 こうして初めてつくってみると、案外面白い。
 普通の料理とは違い、いろいろと考えなければならないこともあるのが大きなポイントだろうか。
 その最たるものが、保存性。
 どうしても食べるまでに時間が空いてしまうのだ。だからそれなりのものをつくらなければならない。
 ナマモノなど、腐りやすいものは却下。火を通せるものはしっかりと火を通しておく必要があるだろう。
 汁物も持ち運ぶことを考えると止めたほうがいい。手段がないわけでもないが、手間だ。
 あとどうしても冷めてしまうのも問題だろう。冷めても美味しいものを考えなければならない。
 ……なんとも条件だらけだが、それが逆に楽しい。
 
 そして今になって気付いた。
 このお弁当には、普通に料理するよりも「想い」というものが籠もっている。
 相手の嗜好云々だけでなく、美味しく食べてくれるか、という疼き。保存における気づかい。
 他にもいろいろある。いろいろあるが、どれも相手を想ってだ。
 
 そう考えると、栞に対する今までの発言を改めなければならないかもしれない。
 無駄に沢山つくって――などということは、きっともう言えない。
 それだけ栞は想いが大きいのだ。
 想いが大きすぎるから、つくる量も増えてしまった。
 押さえられないのだ。その想いを。だから外に、形あるモノとして出そうとする。
 それが栞のお弁当。
 きっと相沢くんがそれが分かっていたのだろう。だから絶対に残そうとはしない。
 今回あたしに頼んだのは――嫌気が差したからではなく、純粋に息抜きと言うか、休むため。
 
 蓋をした。
 三人分というだけあって、量はかなりのものだ。
 相沢くんの想いを汲み取ったからこそ、量的には少し減らしてある。
 味にも自信はあるし、お弁当における配慮もしっかりしてあるはずだ。
 実に、お昼が楽しみである。
 
「さて」
 そろそろ栞を起こしてこよう。あの子は少し朝が弱いのだ。
 起こして、準備して、学校に行こう。
 
 
「今日も、いい天気だしね」
 きっと今日もいい日に違いない。窓から零れる陽光に、知らず笑みが零れた。
 
 
 
あとがき
 
 弁当って、難しいね。
 今回の内容は香里メインで明るめになりました。なりました、が。実はこれは四つあった案の中のひとつだったりします。
 他の三つは……ギャグとシリアス、そしてダーク。
 ギャグは栞メインで、香里が料理をつくるのを実況……みたいなもの。
 シリアスは、今回のをもっと奥まで行って完全シリアスにしたもの。
 ダークは、佐祐理さんメインで舞が死んでしまったエンド後のもの。
 どれもいまいちパッとしなかったから止めましたが、佐祐理ダークは書きたかった気がしないでもない。
 ただこういった人の集まる企画モノでダークを書くのもなぁ、ということでやめましたが。
 というか私は香里で書きすぎな気がするのですが、気のせいですか?
 いや、ね。だって香里って書きやすいんですよ。口調とか、キャラ的に。
 逆に苦手なのは真琴と名雪、栞。あとあゆも。舞以外のメインヒロイン全員難しいんですけど。
 サブキャラの方は書きやすい人が多い。でも美汐はちょっと苦手。口調が……なんとも。
 というわけで今回は香里なわけですが。
 弁当と聞いた時点で浮かんだのが栞と佐祐理さんのふたり。これは結構安直。
 だからちょっと視点を変えて香里にいったわけですが……というか、香里を書くために栞という安直なものを持ち出したのかもしれません。
 栞や佐祐理さんでしっかり書けたのか、と聞かれれば、書けません、と答えます。多分。
 
 さて、今回はお題がかなりいいものだったと思ってます。難しかったですけど。
 今までで一番書くのに苦労しました。
 運営など大変だったと思います。お疲れさまでした。
 次もまた、どこかで開催されたときは参加すると思いますので、その時はヨロシク、と。



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