俺、相沢祐一にはこだわりがある。
そのこだわりは、漢としては絶対に必要なものであり、また必要不可欠なものだ。
……日本語的にヘンかもしれないが、まあそんな感じで。
とにもかくにも、それだけそのこだわりは重要なモノなのだ!
そして、そのこだわりというのが――
Lunch Time
さて、ここは水瀬家。
台所にはいつもいるべき人の姿は無く、代わりに、かなり珍しい組み合わせが立っていた。
「お弁当って、冷めてるからおいしそうじゃないよー」
あうあう言いながら、真琴は買い物袋を漁っていた。
「いいえ、真琴。冷めてても、お弁当というものはおいしく出来て、それではじめてお弁当と呼べるものが出来上がるんですよ」
聞き分けの無い子供を諭すような、なんとも年季の入った宥め声を出したのは、この家の主ではなく、美汐だった。
美汐は、買い物袋から品物を出すのを真琴に任せ、自分は包丁などを洗っている。
「じゃあ、アイスクリームとかならいいの?」
冷めていておいしいイコール、アイスクリームというなんとも子供っぽい発想は、しかし身汐の脳裏に病弱なひとりの同級生の姿を思い浮かべさせられた。
――いや、もう同級生ではないのか。
「アイス、ダメなの?」
ひとり物思いに耽っていた美汐の視界に、上目遣いで見つめてくる真琴が割り込んできた。
いつもは強気なその瞳に不安そうな色をたたえ、小首を傾げている。リボンで纏められているツインテールが、さらりと一筋、肩から流れ落ちた。
「――――」
瞬間的に、美汐は真琴を抱きしめたくなったが、なんとかそれをグッとこらえる。
「さ、さあはじめましょうか」
目線を逸らし、引きつりつつある笑みを浮かべながら美汐はチャッチャカ準備を整えていく。
そして、なんとなくこの事の起こりを思い返してみたり……
みなかったり。
お米を炊いている間、美汐は、真琴に誘われるままにマンガを朗読することにしたので、事の起こりなどすっかり忘れてしまった。
「さあ、ご飯も炊けましたし」
美汐はエプロンをしながら、真琴へと向き直る。
その姿はしっかり様になっているあたり、主婦歴は長いに違いない。なんというか、もうとても手馴れたものだ。――――エプロンをつけただけでもそう思わせられるくらいに。
「さっそく取り掛かりましょうか」
「うんっ」
元気良く頷く真琴の見ている前で、美汐は洗った包丁をまず片付けた。
「あう?」
その姿を見るなり、真琴は首を傾る。
包丁がなかったら料理が出来ない、ということは真琴にだって分かる。
しかし、美汐は包丁を片付けた。
なんで? という疑問が、真琴の脳内を駆け回る。そしてそれが表に出て、目が点になる。
そんな真琴を見て、美汐は微笑んだ。
「包丁は、手を切るかもしれないし、危ないでしょう」
「そ、そうだけど……」
もっともらしいことを言っているが、いまこの場で、そのセリフはあまりにも似合わない。なんといっても、いまからふたりは料理をするのだから。少なくとも、真琴はそう思っているのだから。
「さあ、始めましょうか」
始めるって、なにをさ?
真琴は、キレイに片付いてしまった台所を見回した。
包丁はもちろん、フライパンや鍋まで片付けて、いったいどんな料理をするつもりなのか?
まったく見当も付かない真琴は、当然のように美汐に質問をした。
「これじゃあ、祐一を唸らせるようなお弁当作れないわよぅ。どうするともりなの?」
あ、とここで美汐は思い出した。
このコトの発端を。
それは、二日前まで遡る――
ある日いきなり真琴に電話で呼び出された美汐は、頼まれたのだ。
そう、
「って、聞いてるの?」
「……ああ、そうでしたね」
回想は唐突に終わりを告げた。
「お弁当、でしたね」
まったく、と真琴は鼻を鳴らして買ってきた食材をまな板の上に置いた。
「包丁無かったら、こういうの料理できないでしょ!」
まな板の上には玉ねぎやらキャベツやらニンジンやらがゴロゴロところがっていた。
「それらは秋子さんに頼まれたものです」
しかし美汐はサラリと言ってのけた。
「はぁ??」
「ですから私たちには、コレだけで充分なんです」
そう言うと美汐は、首を傾げている真琴に微笑みかけ、真琴がさきほど中身を出した物とは別のスーパーの袋の中から、いくつか袋を取り出す。
最近は便利になったものです、などと言いつつ、美汐はその袋たちを開けていった。
「……それって」
真琴はそれらをあまり眼にしたことが無かった。
なぜなら、水瀬家では必要の無いものだったからだ。一度、二度、祐一が料理と称して、秋子や名雪がいないときに真琴に振舞ったことはあった。
祐一が作ったものにしては、不味くはなかった。しかし、やはり秋子や名雪の手料理には決定的に劣っていた。
そんなもので、祐一に一泡吹かせることが出来るだろうか?
まだコトの起こりをしっかりと覚えている真琴は、いくら美汐のすることとはいえ、不安で仕方がなかった。
そんな真琴の不安などどこ吹く風。美汐は鼻歌交じりに袋から食材を取り出し、皿に並べていく。
いや、食材ではない。
もうそれは出来上がっているのだから、食材というには相応しくないだろう。
「さあ、準備は万端です」
美汐は皿にのせたそれらの上にラップを被せ、レンジに入れた。そう、冷凍食品を皿に並べ、ラップをかけ、レンジに放り込んだのだ。
「後は……」
冷凍食品とはいえ、温めなければ時間というのを間違えると、そこそこに大変な事態に陥る。例えば形が崩れるとか形が崩れるとか形が崩れるとか……
他のこともあったような気もするが、美汐は忘れてしまった。
なにはともあれ、と美汐は頭を振ってレンジを『強』にして、時間を3分にセットした。
「こんなものでしょうか」
満足げに頷く美汐に、もはや真琴は言葉もなかった。
三分後。
美汐の手により、冷凍食品はおいしそうな匂いを醸し出しながら、レンジより取り出された。
「さあ、後はこれを自然に冷やして試食といきましょう」
美汐は真琴に笑いかけたが、真琴はいかにも胡散臭いものを見るような目で、その解凍された冷凍食品群を見た。
前に食べたときも、おいしくわけではないが、ハッキリとおいしいと感じなかったものだ。冷えてしまったら、余計に味が落ちてしまう。そうなったら、おいしくないが不味いになってしまうのではないのだろうか?
不安ばかりが積もる真琴に美汐は笑いかけて、
「さあ、盛り付けを始めましょう」
二つの小さなお弁当箱を差し出した。
真琴はしぶしぶそれを受け取り、二人の女の子は結局笑いないながらお弁当の盛り付けを存分に楽しんだ。そういうことは、楽しいものなのだ。
そんなことがあったのが昼前。
それから二人は別に作ったお昼ご飯を食べ、おやつの三時になるまで雑談をして時間を潰すこととなった。
「それでさ、祐一ったらさ」
雑談、とはいっても話すのは一方的に真琴ばかりで、美汐は笑みをたたえてそれに聞き入るばかりなのだが。
「……そうですか」
それでも、二人ともそれぞれ楽しい時間を過ごしていることに変わりはなかった。
やってきました試食タイム。
美汐と真琴の前に、二つのかわいらしいお弁当箱が並べられる。
「さあ、きっとおいしいですよ」
「あ、あぅ〜」
満面の笑みの美汐に対し、真琴は浮かない表情でお弁当と対峙していた。
「本当に、おいしいの?」
「百聞は一見にしかず。論より証拠です。まずは、食べてみましょう」
美汐ははりきっているが、真琴は依然、及び腰である。それでも、毒が入っているワケでもないのだと思いなおし、
「い、いただきます……」
箸をのばした。
「私も、いただきます」
美汐も箸でお弁当をつまむ。
パクリ。
ふたり同時に、コロッケを一口。
「……むぅー」
真琴は唸り、
「まぁ……」
美汐は頷いた。
「こんなものですかね」
「味は変わってないみたいだけど……やっぱりおいしくない」
なんとなく不満な真琴。美汐も、満足げというわけではない。
「こんなので、祐一をアッ、と言わせることなんか、出来るの?」
「アッ、でしたっけ?」
ギャフンではなかったかと、美汐は記憶していたのだが、真琴がそう云っているのだから、きっとそうなのだろうと思いなおした。
「でもお弁当というのは、まず気持ちです。たとえ、冷凍食品を使っただけのものでも、心が、気持ちがこもっていればそれは、とってもおいしいものになるんですよ」
相沢さんはそれがわかる人ですよ、と美汐は付け加え、真琴はまんまとその話術に乗っかってしまった。
「じゃあ、これで決まり?」
不安そうな真琴に、美汐は最上級の笑顔で応えた。
「ええ、決まりです」
それから数日経ったある日。
「さあ、覚悟しなさい祐一!」
日曜だというのに、俺は真琴によってその安眠を妨げられ、非常に心穏やかではなかった。
なんというか、頭にきていた。
「……真琴、チョット、来い」
「あ、あぅ? なによ。やるっていうの!?」
俺の怒りを察したか、真琴は俺から距離を取り始めた。だが、俺がそんなことで許すわけも、無い。
ジリジリと後ずさる真琴に合わせ、俺もベットから体を起こし、真琴に近づく。
「お前に、日曜日の朝の過ごし方を教えてやる……」
「あ、あううぅぅ!!」
「逃がすか!」
俺は枕を投げつけ、真琴の動きを妨げる――
はずだったのだが。
ボスンッ!!
「きゃっ」
「あう?」
「え?」
俺の投げた枕は、ものの見事に真琴ではなく、ドアを開けて入って来た天野に直撃した。
「あ、天野ぉ?」
「……こんにちわ、相沢さん」
天野は俺の枕を拾い上げ、それを真琴がふんだくった。
「このぉ!」
そして力いっぱいに投げたはいいが、なんとも見当違いな方向に飛んでいく枕。
俺の立ち位置よりも5メートルばかり右にずれた空間に直撃した枕は、結局、壁に当たってコロコロと俺の足元へと転がってきた。
俺は無言で枕を掴み、
「あ、あうぅ……」
おびえる真琴に、再度、容赦なく叩き付けた。
バスンッ。
はずだったのだが、
「相沢さん、暴力はいけません」
美汐がその枕を片手で受け止めたため、またしても枕は真琴の手に渡ってしまった。
「真琴も、ダメですよ。争いはなにも生み出しませんよ」
「そんなことないわよぅ! ひとは争うことによって進化していくんだから!」
……なんの言い争いだ?
というか、俺はなんでこんな時間に起きるハメに?
「こんな時間、ではありませんよ。もう、お昼です」
「?!」
読んだ? 俺の心を読んだ??
「さあ、お昼ご飯は、真琴が朝から丹精こめて作ったものですから、食べてください」
俺の驚きなんてなんのその。
美汐は話を進めていく。
「って、真琴が作った?」
「そうよ! 文句あるの?」
美汐の背後に隠れながらこっちを睨んでくる真琴には悪いが……
真琴が作ったお弁当って云ったら――
「どう? おいしそうでしょ」
そういって目の前に差し出されたのは、すっかり冷め切った肉まんが入った弁当箱だった……
冷め切った肉まんが、おいしいわけ無いし。
食べたくないなぁ。
「なにを考えてるんですか?」
「うおぉ!」
俺の目の前に、いつの間にか天野の顔があった。
「失礼な想像をする前に、まずは食べてください」
「……お、おう」
結局、俺は押し切られる形で一階へと連れて行かれた。
そして目の前に差し出されたひとつの弁当箱。
ここに至り、俺は思い出した――
「なによ! 真琴にだってお弁当くらい作れるわよ!」
そうだったそうだった。
確か、そんな会話をしたんだった。
しかし、あの会話から二週間近くが経ってるぞ……
今頃になってか。
「さあ、食べなさいよ」
どこか嬉しそうな真琴には悪いが……
俺は、非常にお弁当にはうるさいぞ。
そのこだわりは、神の域にまで達しているのだからな!
まず!
白米だ。これを食べることによって口の中をマイルドにする!
冷めていても、その日本人の心は変わることのないおいしさをたたえているのだ。
そして!
厚焼き玉子。これは重要だ。これを口の中で租借することによって、口の中をクリーミーな状態へと持って行く!
程よい焼き具合に仕上がっているに違いないその卵のふんわり加減は、冷めてなお、俺をひきつけて離さない!
それらの行程を終え、俺はやっとメインへと辿り着けるのだ……
さあ、この俺のこだわりを満たせる、究極至高のお弁当とやらを味あわせてもらおうか!!
「いただきます」
俺はゆっくりと箸を握り、そしてゆっくりと弁当箱の蓋を開ける。
「…………」
真琴が俺の一挙一動を見守っている。
そして蓋が開ききり――
「うおおおぉぉぉ!!」
同時に俺はいっきに白米を口の中に掻き込む!
「?!」
「豪快、ですね」
真琴は驚きのあまり声も出ていないようだな。
美汐は、まぁ……相変わらずクールだな。
「ふむ」
むしゃむしゃと白米をいただきながら、これは合格だと、頷く。
しかし、欲をいうなれば、やはり弁当には梅干とたくあんは必須だ。
なんというか、このゆかりふりかけでもいいのだが……それだけでは究極至高とは云えない。
「さて……」
ここまでは合格でも、しかしまだ出だしだ。
ここからが厳しいぞ。
「口の中をクリーミーにしなければ」
卵焼き卵焼き〜
「?」
おう?
「おかしいなぁ……」
あの黄色いふんわりな卵焼きが……見当たらない。
「…………。まさか」
いや、まさかなぁ。
そんなバカなこと、無いよなぁ。
「でも、無い」
「なにが?」
俺の対面に座っていた真琴が首を傾げる。
「……卵焼きは、どこだ?」
どことなく生気の無い声が、俺の口から漏れていく。
「は? 卵焼き?」
「あの……クリーミーはどこだ?」
「はぁ? なにその、くりーみーって?」
まさか、弁当箱の底にでも引っ付いているのか?
弁当箱の裏を覗いてみるが、あるわけもない。ツルツルだ……
「……なに、してるの?」
真琴も美汐も、俺の行動を、まるで奇怪な行動のように見ている。
「卵焼きが……無い」
「? 卵焼き? そんな冷凍食品あったっけ?」
れ、冷凍食品だと?
「卵焼きくらい作れよ!」
「そんなことをしたら、危ないですよ」
いや、弁当作るのに危ないとか云ってても……
「卵焼きのひとつやふたつ、別にいいじゃない」
な、なにおぅ!
「卵焼きの入ってないお弁当など! お弁当ではない!」
「あ、卵ならあるじゃないですか」
……え?
「ほら、このミートボールみたいな、これです」
天野が指差しているのは、なるほど、ミートボールを一回り大きくしたようなミートボールだった。
いや、ミートボールだし。
「いやしかし、これでは口の中がクリーミーにならない!」
「なによぅ! 真琴が作ったお弁当に、ケチつけるき!」
おお? やるってのか?
「卵焼きがなければ、口の中がクリーミーにならないだろう! ついで言うと、なんだこの冷凍食品の塊みたいな弁当は?」
手抜き感バリバリだ。
せいぜい、白米を炊いたくらいか。それ以外のおかずは、全て冷凍食品だ。
このミートボールも、肉巻きポテトも、一口大のハンバーグも、コロッケも。
全部冷凍食品じゃないか。
「いくらないんでも、手抜きしすぎだ」
「なんですってぇ!」
「おうおう、このやろう!」
日曜日の真昼間から、いきなりヒートアップの二人。
天野のことなど、すでに二人とも忘れていたのだが、
「うるさいよー」
と、妙に間延びする声が、俺と真琴の間に入ってきた。
「朝から、なに騒いでるの〜?」
「……水瀬さん、もうお昼ですけど」
天野が冷静にツッコむが、声の主の名雪さんはそんなことお構いなしである。
「あ、お弁当だ〜」
いきなり俺たちを押しのけると、MADE IN 沢渡真琴のお弁当を食べ始めた。
「おいしいねー」
食べかけなんて何のその。
寝ぼけている名雪さんは完食なさると、
「これ、誰が作ったの?」
「……真琴だが」
爪楊枝を探している従妹の少女を見ながら、俺は答える。
と、名雪は目をまるくして、
「すごいねー! 真琴、コックさんになれるよ〜」
いや、作ったって言っても……
冷凍食品ですよ。
「そうでしょ! それなのに祐一ったらさ!」
水を得た魚のように、ここぞとばかりにまくし立てる真琴を見ながら、俺はただただため息を付くばかりだった。
「まあ、冷凍食品といてバカに出来ない世の中ですから」
俺の横で、天野がそんなことを呟いている。
「……嫌な世の中だ」
「便利になっただけです」
意気投合している名雪と真琴を見ながら、俺は、ふと思い出した。
――俺の昼飯って、どこへ行ったんだ?
云わずもがな、名雪嬢のお腹の中へと消えてしまったらしい。
……しゃーない。
コンビニ弁当でも買ってくるか。
もちろん、厚焼き玉子が入ってるやつを。
END
感想掲示板へ