晴れた日はお弁当持って

 まさに雲一つない快晴、前日までのぐずついた天気が嘘のように晴れ上がった秋空の下、街の外れにある小高い丘は春のような陽気に溢れていた。そんな丘を二匹の狐がじゃれ合うように駆け回っている。右に左に、時には木に登ったりしてそこら辺を駆け回っていた。
 突然一匹が立ち止まる。人の気配がした。もう一匹も立ち止まる。街から二人の人間が登ってきたようだ。二匹の狐は草むらに身を潜める。登ってきた人間は、どうやら少年と少女の二人連れのようだ。二人の顔を確認した狐は、顔を見合わせるとこくりとうなずきあい、そのまま二人の様子をうかがっている。
 少年と少女はそれに気が付く事もなく、丘の上にある大きな木の下に辿り着く。少年が背負っていたデイバッグを下ろし、中からレジャーシートを取り出す。少女も手伝って、それを広げる。少年は履いていた靴を蹴散らすように脱ぐと、レジャーシートの上に大の字になって寝ころんだ。

「うーん、良い天気だ。息抜きには最高だな、天野?」
「私は、相沢さんは息抜きの合間に人生を送っているのかと思っていました」
 美汐の一言に、祐一は不満そうに答える。
「あのなぁ、俺だって受験生だぞ? 今年のくそ暑い夏休みだって講習会三昧だったし、先週だって模試を受けてたんだ。一日ぐらい息抜きしたってバチは当たらないぞ」
「ですから、こうしておつき合いしてるんじゃないですか? はい相沢さん、お茶です」
そう言うと美汐は魔法瓶から熱いお茶をカップに注ぎ、起き上がった祐一に手渡す。祐一は一口すすると、ふぅと息を漏らす。
「うん、美味い。流石は天野だ」
「ちょっと引っ掛かりますが……、でも、どういたしまして」
 そう言うと美汐はバッグの中から重箱を取り出す。二段重ねの重箱を開けると、一つには三角型、俵型、ボール型と様々な形のおにぎりと、もう一つには鶏の唐揚げや卵焼き、ウィンナーソーセージといったおかずがぎっしり入っていた。
「相沢さんのお口に合うか自信はありませんが、どうぞ」
「何、大丈夫だって。こんなに美味そうじゃないか?」
「ですが、相沢さんはいつもあの秋子さんのお料理を食べています。秋子さんに比べられると私なんか……」
「だから大丈夫だって。最悪、舌の方を料理に合わせるよ」
「それはそれで複雑です……。あ、相沢さん、これで手を拭いてからどうぞ」
美汐が手渡したおしぼりで手を拭いた祐一は、おもむろにおにぎりに手を伸ばす。
「では、いただきます」
「はい……」
 頬張る祐一を心配そうな目で見つめる美汐。一瞬の表情の変化も見逃すまいとじっと見つめている彼女の努力は徒労に終わった。祐一はゆっくりと飲み込むと、満面に笑みを浮かべた。
「美味いぞ、天野。これなら秋子さんに優るとも劣らないぞ」
 美汐は手にしたお茶を一口すすると、ほっと溜息を吐いた。
「これで安心出来ました。サンドイッチならよく作るのですが、相沢さんのリクエストがおにぎりだったのでちょっと心配でした……」
美汐の一言に、祐一は首を傾げる。
「え、お前っておにぎり作った事なかったの?」
「いいえ、皆無じゃありません。ですが、我が家はパン派ですから……」
「ええ、そうなのか!?」祐一が素っ頓狂な声を上げる。
「俺は天野の事だからてっきり……」
「てっきり、なんですか?」
そう言うと美汐は微笑む。だが、眼は全く笑っていない。
「いや、別になんでもないぞ。天野って料理が得意そうだから、ちょっと意外だっただけだ、うん」
そう言うと祐一は慌てて唐揚げを口の中に放り込む。口をもぐもぐさせながら、美味いだの、最高だのと言い続ける。
「相沢さん、何か失礼な事を考えていませんでしたか?」
「そんな事はないぞ。それより、この卵焼きは最高だな」
「……まあいいでしょう。相沢さん、お茶のお代わりはどうですか?」

(しかし、意外だったな)
 祐一は心の中でそう思う。祐一の中の美汐のイメージは、「御飯にみそ汁、焼き魚」といった純和風のイメージだった。そんな美汐が御飯よりもパンだとは、にわかには信じられなかった。
(だったら、サンドイッチの方をリクエストした方が良かったかな?)
祐一も普段はパン食の方が多く、おにぎりをリクエストしたのも、そっちの方が美汐が得意だろうと考えての事だった。
(天野がパン派とはねぇ……。良く言えば古風な、悪く言えば……な天野が御飯よりパンだとはねぇ……)
 ふと気が付くと、美汐が祐一の事を見つめていた。
「相沢さん、ここにお弁当付いてますよ」
自分の口元を指差しながら美汐は言う。
「お弁当?」
そう言いながら祐一は、右手を自分の口元に持っていく。口元を指でぬぐうと、御飯つぶが一つ、中指に付いた。その御飯つぶを口に入れると、祐一はぽつりと言う。
「天野は言う事がおばさん臭いよな……」
「口が酸っぱくなる程言ってますが、物腰が上品だといって下さい」
「いいや、そういうのともちょっと違うと思うぞ?」
「……」
「なんて言うか……。『お弁当が付いている』って表現、それ自体が古い言い回しというか、最近の女子高生は使わないというか」
「言い回しが古くさかろうと、私は私です。それではいけませんか?」
「いや、それでこそ天野だと思うぞ」
「……なんだか褒められたような気がしません」
「ん、褒め言葉にはならないか? それに、俺はそんな天野が……」
そこまで言って、祐一は急に口ごもる。
「はい、そんな私がどうかしましたか?」
「いや別になんでもないぞ」
棒読みで答えると、祐一は視線を外す。そんな祐一を見て、美汐は首を傾げる。

 二匹の狐はまだ二人を見つめている。

 最後のウィンナーを飲み込むと、祐一は胸の前で手のひらを会わせた。
「御馳走様でした」
「お粗末様でした」
美汐が頭を下げる。カップに残ったお茶を飲み干すと、祐一はそのまま後ろに倒れ込む。シートの上で大の字になると、大きく深呼吸した。
「うーん、食った食った」
空にはまだ雲一つない。時折弱い風が吹くが、空気自体が暖かいせいか、その風すら心地良かった。
「相沢さん。食べてすぐ寝ると牛になりますよ」
「ほら、それだ」
祐一はそう言うと飛び起きる。
「何がですか?」
「『食べてすぐ寝ると牛になる』だなんて、うちの母親だって言わないぞ?」
 祐一の指摘に、美汐は頬を紅く染めてそっぽを向く。
「もう知りません!」
そんな美汐を見て、祐一は笑いながら身体を倒す。
「ま、そういう事を言う所が天野らしいよなぁ……」
再び寝転がった祐一に美汐が言う。
「相沢さん、お行儀が悪いです。牛になるという事は、そういう事なんですよ?」
「まあいいじゃん、俺達しかいないんだし。ほら見ろよ、とってもきれいな青空だぞ。あ、あれは飛行機かな?」
「ええ……」
祐一の言葉につられて美汐は空を見上げる。4本の飛行機雲が青空に伸びていた。
「自衛隊の飛行機でしょうか?」
 美汐が視線を祐一に向けると、彼は目を閉じていた。美汐はしばらく祐一の顔を見ていたが、ふとある物に気が付く。しばらく逡巡した後、意を決して口を開く。
「相沢さん」
「なんだ?」
祐一は目を開ける。すると、顔を真っ赤にした美汐が彼を見つめていた。
「またお弁当が付いてます」
そう言うと美汐は祐一のあごに手を伸ばし、そこに付いていた御飯つぶを取ると自分の口に放り込んだ。びっくりした祐一は赤い顔をして飛び起きる。
「お、おい天野……」
「な、なんですか相沢さん……」
赤い顔をした二人が見つめ合う。
「これじゃまるで、まるで……」
(バカップルじゃないか!)
そう思ったが、その言葉自体が恥ずかしかったので祐一は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「まるで、なんですか?」
「あ、いや……、なんでもない。でも、こんな事をするなんて天野らしくないな」
 その言葉を聞いた途端、美汐の顔が青ざめ、次の瞬間には彼女の赤い髪よりも赤くなる。
「相沢さん!」
「は、はい!?」
「そこに座って下さい!」
「もう座ってるけど……?」
祐一がそう言うと、美汐はぴしゃりとシートを叩いた。
「相沢さん、そこに座りなさいと言われたら正座するものです!!」
「はいっ!」
(それは天野家だけに通用するしきたりじゃないのか?)
祐一はそう思ったが、口にはせずに膝を正した。
「それでよろしい」
「で、天野さん。一体何が……?」
「相沢さんは私に何を求めているのですか!?」
「……?」
「いつも通りにしていたら『おばさん臭い』と言うし、自分の殻を打ち破ってみようと思って、自分でも自分らしくないと思うキャラを精一杯演じてみたら『らしくない』ですか!?」
「あ……」
祐一の顔が歪む。自分が美汐を傷付けた事に気が付いたからだ。
(俺がはっきり言わないから……)
 自分の思いをはっきり告げぬまま、成り行きに身を任せた結果がこれだった。今こそはっきりさせる時だ。そう思うと、祐一はゆっくりと立ち上がった。
「相沢さん、話はまだ終わっていません!!」
美汐は再びシートを叩くが、祐一はそれを無視してゆっくりと美汐に近付く。そして膝をつき、彼女を抱きしめる。
「ああいざわさんなにを……」
祐一の突然の行動にパニックに陥る美汐。それに構わず話を続ける祐一。
「天野……、いや美汐……」
「はいゆういちさん」
 祐一が突然自分の呼び方を変えたのだが、美汐はパニック状態にもかかわらず、あっさりとそれに対応して相手の呼び方を変えていた。
「素のままの美汐でいてくれ。そんな美汐に俺が笑いながら『おばさん臭い』って言って、そして美汐がやっぱり笑いながら『物腰が上品だと言って下さい』って言う。そんな関係って……駄目かな?」
「そんな酷な関係はないでしょうけど……」美汐はゆっくりと両腕を祐一の背中に回しながら答える。
「でも、喜んで」

 二匹の狐の内、先に人間が登ってくる事に気が付いた方は、無理矢理通訳すると『よしよし』とでも言いたそうな感じでうなずいているが、もう一匹の方は『やれやれ』とでも言いたげに首を横に振る。しばらくの間、二匹は二人を見ていたが、何やら満足がいったらしく、突然駆け出す。小春日和の陽気を吹き飛ばす程のアツアツな二人は、それに全く気が付かない。駆け出した狐の内、首を振っていた方が一瞬立ち止まる。そしてひと鳴きすると、再び走り出す。

「しあわせにねゆういち」






後書き

サクーシャ(仮):あの、香里さん?

香里:何よ?

サクーシャ(仮):怒ってますよね?

香里:何よ、この練乳であんこを煮染めたような話は? どんな顔でこの話を書いたのよ?

サクーシャ(仮):こんな顔ですが……?

香里:それと、思い付きだけで話を書くの、止めたらどうなの?

サクーシャ(仮):そうですよねぇ……。

香里:あなた、「お弁当付いてます」だけで話考えたでしょ?

サクーシャ(仮):ええ、それが浮かんだ瞬間から、それ以外の話が浮かびませんでした。

香里:で、こんな話になった訳ね……。

サクーシャ(仮):いいえ、元々は名雪の話だったんですよ。

香里:?

サクーシャ(仮):「お弁当付いてるよ」でそのまま食べられるキャラって、そんなに多くないと思うんですよ。素で食べそうなのが名雪とあゆ、狙いで食べそうなのが栞、やりたいけどやれない佐祐理。

香里:それはあなたのイメージよね?

サクーシャ(仮):ええ、もちろん。で、舞と真琴はそんな事を考えもしない。あなたと美汐は絶対にやらない。

香里:……。あれ、秋子さんは?

サクーシャ(仮):秋子さんは祐一相手にそんなことしません!!

香里:……。

サクーシャ(仮):んで、名雪で話を考えていたんですが、どう頑張ってもバカップルの話にしかなりませんでした。そんな訳で、絶対にやりそうもない美汐で話を考えた結果がこれです。

香里:でも、結局バカップルの話になってるわよね? 狐云々は後付の設定だし……。

サクーシャ(仮):(それは内緒ですっ!)



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