夜空が、近い。
 見上げる視界にはいっぱいの夜が広がっていた。
 どこまでも深く――どこまでも神秘的な。

 その空に散りばめられた煌めきは溜息がこぼれてしまうほどに雄大であり、また、純粋に綺麗だった。
 思わず見惚れてしまう。そんな夜空。



 「知る」ということ
 
第6回ピンポイントお題式SS企画




 空気は冷涼としていた。
 薄ぼんやりとした闇の中、すべてを照らし出す月明かりだけはどこか蒼く――現実を、幻想としていた。
 その丘はこの辺りでは最も広く――故に月光はどこよりも多く降り注いでいた。
 まるで別の場所だ、と思う。
 この場所に訪れることは少なくないというのに、まるで初めて来たかのような錯覚。

 ただ、いい夜だと思った。

 何を基準にして「いい夜」だと思ったのかは分からないが、それでも漠然とそう感じてしまう。きっとこの地を幻想とさせている月明かりが感じさせたのだろう、と取り敢えずの納得をさせた。
「いい夜ね」
 ふと、後ろから掛けられた声にゆっくりと振り向く。
 数歩後ろを歩いていた香里は微笑を浮かべると、開いていたその数歩を歩いて隣に並んだ。
「――そう思わない?」
 そうだな、と問い掛けに同意の言葉を返す。
 香里はそのまま空へと視線を移し、つられるように俺も空を仰いだ。

 視界いっぱいに広がる黒と、散りばめられた輝き。
 宝石のようだ、と人は言う。
 この輝きを称するのにその言葉は相応しいと感じた。現実から隔離された幻想の具現とも言えるほどの――まさに星屑の幻想スターダストレヴァリエ
 また、煌々と光を放つ月は真円で、空に穿たれた穴を連想させる。
 草木が弾く月明かりは燐光と散り、幻想の色をさらに濃くしていた。

「ねえ、相沢くん」
「ん?」
「相沢くんは……」
 香里は一旦言葉を切ると、まるで言葉を選ぶように逡巡し、そして言った。
「月って聞いて、何を連想する?」
 唐突な、それも突拍子もない質問だった。
「またいきなりな質問だな……」
 呟きながら、それでも一応真剣に考えてみることにした。

 月、だ。
 地球の衛星にして、太陽の次に人々の生活に深く関係する天体と言えるだろう。
 その月の名を聞いて何を連想するか。
「地球の衛星で、重力が6分の1ってこととか」
 初めに思ったそのままのことだ。
 月と聞いて思うことなど、身近になったという感覚だけなのだから。

 俺の答えを聞いた香里は、予想通り、といったような顔をしていた。
「まぁ、やっぱりそんなものよね。相沢くんの言ったように地球の衛星で重力は約6分の1。直径は3476km――地球の約4分の1ね」
 続くように香里は様々な月に関するデータを述べた。
 正直、呆れるほどに詳しくて驚いた。
「詳しいんだな香里……」
「この程度なら5分もあれば調べれると思うけどね」
 苦笑気味に答える。
 5分程度で調べられると言ったが、それを覚えていることが凄いと思うのだが。流石は香里、ということだろうか。

 それじゃ次の質問、と香里は気軽に言った。
 だが意図の計りし得ない質問は答える側にとって苦痛でもあるのだ。意図を教えて欲しい。だから取り敢えずの本心を叫んでおくことにした。
「次ってなんだ!?」
「次は次よ。えっと……そうね、火星。火星って聞いて思い浮かぶものは?」
 質問の明確な意図を教えることもなく、香里はさらりと問題を提示してきた。
 しかも今度は火星と来た。
「あー、火星? ――……火星人、とか」
 言って、しまった、と思う。
 純粋に最初に浮かんだことではあったが、流石にふざけた回答過ぎたのではないか――と香里の顔をちらりと盗み見ると、
「いいわね、その答え」
 まさに思惑通り、といった様子で微笑んでいた。実に満足気である。
「それで相沢くん。月のときはあんなにまともなこと言ったのに、どうして今度はそんなに夢みたいなことになったの?」
「そりゃ――」
 そこまで言って、言葉に詰まった。
 香里の言うことは一理ある。何故、俺はそんなことを言ったのだろうか。
 ふむ、と他に火星で思い浮かぶものはないかと思案してみることにした。
 が。
 結局何も思い浮かばなかった。唯一思い浮かんだのも太陽系での地球の隣、ということくらいだ。

 それで、香里の意図していることがなんとなく分かってしまった。

「――知らないから、か」
 ご明察、と香里は笑った。

 無知というものは神秘へと連鎖する。
 例えばマジックなどはその最たるものだろう。
 種も仕掛けもあるのに、それを知らないから神秘足り得る。もし種を、仕掛けを知ってしまったならばそれは神秘ではなく、ただの技術だ。
 他にもいろいろあるだろう。
 幼いころはどんなものでも不思議に映ったはずなのに、成長するに連れて本質を理解し、ただの現象に成り下がってしまう。
 昔は車ですら不思議の対象だったはずなのに――と思い出して笑った。

「火星って、実はまだ全然知られてないでしょ? まぁそれでも調べればいくらでも資料は出てくるだろうけど……それでも、まだあそこは未だに神秘に溢れてる」
「まぁな。咄嗟に浮かんだのが火星人ってくらいだし。まだまだ、知らないことばかりだな」

 全てを知ることが出来るならば、と考える。
 火星に限った話ではない。
 この世にあるもの、事象、全てを。なにもかもを知ることが出来るならば、と考えて、
「人はね、結局全てを知っちゃいけないのよ」
 見透かされたかのように、香里の言葉に断ち切られた。
「好奇心は猫をも殺すって言うじゃない? でも、その好奇心がなければ生きている意味なんてないの」
 なにかを知りたいと思う気持ち。
 それがないということは死と同義だ、と香里は言う。
 だから全てを知るということは全てを捨てることに他ならない。

 全知全能、という言葉がある。

 これは唯一絶対の神に適用される言葉だ。全知全能ということは、つまりは全てを知っていて、全てを持っているということに他ならない。
 だから神は――ひとりで全て事足りている。
 他者など求めない。だから、唯一の存在なのだろう。

「全てを知るということは終わってしまうということなのに、それでも人は全てを知ろうとする。人って、変な生き物ね」
 確かに、そうだ。
 日々、神秘が現象へと成り下がってしまっている。
 それが悪いことかと考えれば、決してそんなことはない。ただ、それは同時に夢を奪う行為であることには違いないだろう。
「ま、そんなこと言いながら毎日勉強してるんだよな、俺たち」
「それもそうね」
 ふたりして笑いあう。
 結局、人は全てを知ることなんて出来ないのだから。
 それにもし知ることが出来たとしても……それはずっと先のことだ。今を生きるのに精一杯な俺たちにはどうでもいいことなのである。

「さて、そろそろ戻るか?」
「そうね。名雪も北川くんも寝ちゃったけど……どうするの?」
 そうだな、と軽く思案して。
「ま、寝かしといてやろうぜ。流石に疲れてるんだろ。俺たちは俺たちで、な」
「ふふ、そうね」

 帰りの夜道を歩く。
 勉強会の休憩だったはずの散歩も気付けば遠くまで来たものだ、と内心思いながら。
 ふと空を見上げた。
 そこには真円の月と、煌びやかな星々。
 月も火星も空にはあって、あの輝きの数だけ神秘があると考える。

 これは地球が滅びても知り尽くせないな、と楽しくなって笑みが浮かんだ。



 あとがき

 どうも。お久しぶりです。遥蒼です。
 とまぁ挨拶はこの程度にしておいて……と。
 前回は参加しませんでしたが、今回は参加することに決めました。締め切りの前日に。
 いや、ホントは参加する気なかったんですよ。火星って聞いた瞬間「これは無理だ。諦めよう」って感じで。
 でもそれなりに暇になったし、ぼんやりと構想を練ってみたらなんとかなりそうだったので書いてみました。
 構想=1日。執筆=1日。という状態なんで内容はかなりアレです。厳密にはもっと短いし。期間。
 
 内容としてはまたもや香里メイン。最初の予定、つまり構想の段階では美汐だったのですが……そこは途中からの展開に準じるためにチェンジです。
 いや、夜にふたりで出歩く理由が美汐で見出せなかっただけだったりはしませんよ。ええ。
 
 今回の話のテーマは「無知という神秘」です。
 結構、色々なものの影響を受けています。何の、とは言いませんが。
 やっぱり人間いろいろ知るべきですよ。便利だから。どんなに頑張っても知り尽くすことなんて出来やしないのだから、取り敢えず知れることは知っておけ。
 文章書きなら、なおのこと。
 知らないことは書くな、そういうことなのだと思うのですよ。私は。
 
 さて。
 今回の企画、運営お疲れさまでした。
 参加者の方、執筆お疲れさまでした。
 そして自分、もうちょっとがんばれ。

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