「ふふーん、ふーん♪ ふふふふんふんふーん♪」
 鼻歌を歌いながら、真琴が階段を下りてくる。手には着替えの下着とパジャマを持っている。お風呂にはいるつもりだ。
 リビングのドアを開けた真琴は室内を見渡した後、ソファに寝転がっている祐一に尋ねる。
「あれ、名雪お姉ちゃんはまだお風呂?」
「ああ、もう風呂からは上がって髪乾かしてるみたいだぞ。ドライヤーの音がしてたから」
テレビから視線を外さず、祐一が答える。着替えを後ろ手に隠して、真琴が彼に近付く。
「祐一兄ちゃん、何見てるの?」
「昔の映画、火星人が地球に攻めてくる話」
気のない声で祐一が答える。真琴がテレビ画面を見ると、蛸のような生物が操縦する宇宙船が人々を襲っていた。彼が言うように古い映画のようで、画面にはたまに傷が出るし、色調もどこかおかしい。第一、特撮がちゃちで、蛸のような火星人がいかにも作り物にしか見えなかった。
「ふーん」
 一瞬で興味を失った真琴が立ち上がる。と同時に、風呂場から名雪が出てくる。
「あ、真琴。お風呂空いたよー」
「分かったー、名雪お姉ちゃん!」名雪に返事をしてから、祐一の方を振り返る。
「祐一兄ちゃんもそんなくだらない映画見てないで、大学の勉強でもしたらどうなのよぅ!」
「あぁ!?」
画面を見たまま、祐一の声のトーンが上がる。その声に怒りの成分を感じた真琴は、慌てて名雪の背中に隠れる。
「祐一……」
溜息混じりで名雪がたしなめる。祐一も本気で怒ったのではないようで、いつもの優しい兄の口調に戻る。
「どこがくだらないって思うんだ、真琴?」
「だって、火星人なんている訳ないじゃないのよぅ!」
それだけ言い放つと、真琴は風呂場へと駆け込んだ。
 それを見送った祐一が、つぶやくように言う。
「……なあ、名雪」
「うん、気持ちは分かるよ、でも……」
「まあ、あいつが悪い訳じゃないからな……」
2人は顔を見合わせると、思わず苦笑する。
(火星人はいなくても、妖弧はいるんだよなぁ……)
 確かにそれは真琴のせいではなかった。だが……。
「よいっしょ!」
 年寄りじみた掛け声と共に、祐一は立ち上がる。


火星人来襲!

 真琴が風呂から上がると、祐一と名雪が並んでテレビを見つめていた。どうやらニュースのようだった。
「あれ? つまんない映画、見るの止めたの?」
からかう口調でそう言うと、真琴は祐一の背中に抱きつく。だが、彼は何も口にせず、伸ばした右手の人差し指を自分の唇に押し当てた。
「なによぅ……」
「真琴、静かにして……」
 不満そうな口調で言いかけた真琴に、珍しく厳しい口調で名雪が言う。祐一に対しては突っかかる真琴も、名雪には大人しく従う。そして、視線をテレビ画面の方に向ける。
『繰り返します。日本自衛隊は国連軍の指揮下に入り、現在侵攻中の異星人と交戦する事になります。既に航空自衛隊の一部は在日米軍と共に防空任務に就いております。また海上自衛隊の艦艇はイージス艦を中心として……』
「なにこれ? 違う映画なの?」
 真琴は名雪に尋ねるが、真剣な表情の名雪はゆっくりと首を横に振る。
「違うよ、臨時ニュースだよ……」
「臨時ニュース?」
「ああ」今度は祐一が答える。
「宇宙人が地球に攻めてきた」
「はぁ?」
 真琴が素っ頓狂な声を上げる。そして笑いをこらえた声で、祐一に尋ねる。
「ねえ、冗談だよねぇ?」
「いや、本当だ」
「ばっかみたい、そんな事ある訳ないじゃないのよぅ!」
 そう言うと真琴はけたけたと笑うが、祐一はそれには取り合わずに名雪に言う。
「秋子さんは仕事で明日の朝まで帰らないんだったよな?」
「うん、電話があったよ」
「じゃあ、戸締まりを確認するか」
「うん、私が行ってくるよっ!」
 名雪はそう言うと、リビングを出て行った。ポカンと口を開けたままの真琴が、その背中を見送る。そしてドアを見つめたまま、祐一の背中にしがみつく。
「祐一兄ちゃん?」
「どうした、真琴?」
「冗談なんだよね、宇宙人とかなんとかって……?」
「だと良いんだけどな……」
 そう言うと祐一はテレビのリモコンを手にする。そして次々にチャンネルを変えるが、どのチャンネルも同じ画面を映し出していた。
「あぅ……」
「官房長官の記者会見だ。全チャンネル共に、政府の公式会見を放送している」
「かんぼーちょーかん……?」
 祐一の言葉の意味を真琴は理解出来ていなかったが、それでも自体の異様さは体感出来た。
「か、貸してっ!」
 真琴はリモコンを奪い取ろうとするが、祐一はそれを制する。
「真琴、ちょっと待って」
「あぅ?」
『現在、公共放送以外の通信は制限されています。各種電話、インターネット共に……』
「やっぱりか……」
「どういう事なの、祐一兄ちゃん……」
 明らかにさっきまでとは態度が変わってきた真琴が、震える手で祐一の服を引っ張る。
「知り合いに携帯で連絡とろうとしたんだけど、全然繋がらないんだ……」
 そう言うと祐一は自分の携帯を取り出す。アドレス帳から真琴もよく知っている美汐の電話番号を呼び出し、実際にかけてみる。
「ほら……」
祐一に手渡された携帯電話を、真琴は耳に当ててみる。呼び出し音が流れた後、無機質な音声ガイダンスが流れ始める。
『現在、日本政府の要請により緊急通報以外の通信を制限させて頂いています。この時間帯は、電話番号の末尾1から3までの方が通信可能です。繰り返します。現在、日本政府の……』
「美汐……」
 見るからに不安そうな顔付きになった真琴が、携帯を祐一に返す。受け取った祐一は、真琴の髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。
「あぅ……」
「大丈夫、最後までお前を守るよ」
ニッと笑った祐一に、真琴は無言でしがみつく。
「祐一っ!」
 慌てた表情の名雪がリビングに飛び込んできた。
「どうした、名雪?」
「さっきまで香里と電話で話していたんだけど、急に切れたんだよっ! 香里の家に何かあったのかな?」
「ああ、なんか通信制限されてるみたいだから、それで切れたんじゃないのか?」
「違うよ! 向こうから物凄い音がして、栞ちゃんの悲鳴のような声が聞こえたんだよ。そしたら香里が泣き出して、突然電話が切れたんだよ!」
そう言う名雪も既に泣きそうだった。
「大丈夫だ、名雪」
 祐一はそう言うと、空いているソファをぽんぽんと叩く。そこに座れという意味らしい。
「祐一……?」
 ゆっくりと座った名雪の肩を抱きながら、祐一は静かに言う。
「大丈夫だ。お前達2人が俺を信じてくれれば、奴らからお前達を守ってやるぞ」
「祐一……」
「祐一兄ちゃん……」
 2人が祐一にしがみついたと同時に、ドアチャイムが鳴る。真琴が身体をびくつかせ、より祐一に強くしがみつく。
「大丈夫、俺がついているんだから……」

「うぐぅ、怖かったよ祐一君」
 リビングに入ったあゆは、未だに震えている。キッチンから熱いお茶と鯛焼きを持ってきた名雪が尋ねる。
「あゆちゃん、ここに来るまでの間、何かあったの?」
「ううん」お茶に手を伸ばしながらあゆが答える。
「何もないぐらい静かだったから、怖かったんだよっ。いつもならこの時間でも会社帰りの人とかでいっぱいなのに、誰一人として……」
 あゆの話は続くが、祐一は真琴の袖を引っ張って部屋の隅へと連れて行く。
「真琴……」
「どうしたの、祐一兄ちゃん?」
「あゆから目を離すな」
「あぅ、それはどういう……」
「いいな、目を離すなよ! すぐに戻る」
 それだけ言うと、祐一はリビングを出る。戸惑う真琴の目は、祐一が出ていったドアとあゆの間をいったり来たりする。困った真琴は名雪に尋ねようとするが、その名雪はあゆに肩を掴まれてキッチンに押し込まれそうになっていた。
「あ、あゆちゃん。ど、どうしたの一体……?」
「うぐ、うぐ、うぐ……」
 青ざめる名雪の顔を見た真琴は、反射的にあゆの背中にタックルする。
「名雪お姉ちゃんを離せ!」
「うぐぅ!」
3人はもつれ合うように床を転がる。

「意外に早く正体を現したんだな……」
「うぐぅ! もう離すように、真琴ちゃんに言ってよ、祐一君!!」
 見た事もない関節技を決められているように見えるあゆが、床の上でじたばたしながら言う。万が一に備えて、物置から持ってきた荷造りロープを手にした祐一が、それを食卓に置きながら名雪に話し掛ける。
「大丈夫だったか、名雪?」
「う、うん。真琴が助けてくれたから……」
 ちょっと青い顔をした名雪が、祐一に寄り添いながら答える。そして、あゆにからみついている真琴に諭すように言う。
「真琴、もうあゆちゃんを離してあげて」
「あう〜!」
 紅潮した顔の真琴が身動きするたび、あゆの関節が悲鳴を上げる。
 いや、本人も悲鳴を上げていた。
「うぐぅー! ギブ、ギブー!!」
あゆが真琴の手をタップする。

 死人のような顔付きのあゆが説明するには、大検受験予備校から帰る途中で記憶をなくし、気が付いたら真琴の腕がチョークを決めていたとの事だった。記憶をなくすちょっと前、頭の上を無数の光点が通過したとの事だった。
 それを聞いたとたんに、祐一の顔色が曇る。名雪が不安げな表情で尋ねる。
「どうかしたの、祐一?」
「いや、その程度で洗脳出来るなら、これからは外から来る奴はみんな怪しいと思わなきゃなと思ってさ」
「そう言えば祐一兄ちゃん」未だあゆに対する警戒を解いていない真琴が尋ねる。
「どうしてあゆあゆが怪しいって気が付いたの?」
「それは簡単さ」祐一は真琴の髪をかき混ぜながら答える。
「一緒に出した鯛焼きに目もくれなかっただろ? あんな事、普段のあゆならあり得ない事だからな」
「あぅ〜!」
 事も無げに言う祐一を、真琴は尊敬の眼差しで見つめる。そして彼の横に座り、その腕にしがみつく。
「頼りにしてるよ、祐一兄ちゃん!」
「お、おう! 任せておけ!」
自信たっぷりで胸を叩く祐一を、鯛焼きをくわえたあゆは恨めしげな目つきで見ている。
 その時だった。祐一の胸ポケットに入れてあった携帯電話が突然鳴り出した。
「あうっ!」
 ほとんど耳元で鳴ったようなものだった真琴が驚いて祐一から離れる。いや、彼女だけでなく、名雪とあゆも驚いて祐一を見つめている。
「うぐぅ、誰なのかな?」
「祐一、通信制限されているんじゃなかったっけ……?」
「ああ……。あ、佐祐理さんだ」
 一瞬眉をひそめた祐一だったが、携帯の液晶画面に表示された発信者の名前を見てすぐさま通話ボタンを押す。
「佐祐理さん、大丈夫ですか? ……え、ええ、こっちは大丈夫です。ああ、そうなんですか、だから電話が……。はい……え、舞が? ああ、分かりました、こっちに来たらウチで保護していきます。いや、構いませんよ。他ならぬ佐祐理さんの頼みですから……ええ、お任せ下さい!」
「また安請け合いだよ……」
「祐一君はお姉さんタイプに弱いんだ……」
「あうっ!」
 3人の気持ちを代表して、真琴が祐一の脇腹をつねる。
「痛っ! 何すんだよ、真琴! いや、なんでもないです、こっちの事で……。はい、じゃあまた……」
 そう言うと、祐一は電話を切る。真琴に何か言ってやるつもりの祐一だったが、憤まんやるかたないといった表情の女性陣ににらまれて押し黙る。
「で、佐祐理さんは何って?」
口を尖らせた名雪が代表して尋ねる。祐一は頭を掻きつつそれに答える。
「ああ、舞がな、俺達の事心配してこっちに向かっているらしいんだ。で、こっちに着いたらよろしくだって。今からじゃもう外を歩けないからな」
 微笑みながら言う祐一だったが、名雪の顔付きは変わらなかった。
「通信制限されているんじゃなかった?」
「ああ、佐祐理さんのお父さんって代議士だろ? それで特別に制限を解除されている家の電話からかけたみたいだったぞ」
「でも、でも……」
「どうしたあゆ、ちょっと落ち着けよ?」
「うぐぅ……。でも祐一君、こんな時に外を歩いていたら舞さんも……」
「舞なら大丈夫だって。あゆと違って、あいつは強いからな」
「うぐぅ〜!」
 抗議の意味を込めてソファのクッションを投げつけるあゆの横で、真琴は膝を抱えて震えていた。すぐに名雪が妹の異変に気が付く。
「どうしたの真琴? 大丈夫?」
「名雪お姉ちゃん……」
震えながら真琴は姉にしがみつく。
「真琴……」
祐一達も心配そうな目で見つめる。
「もしあの舞さんがあゆあゆみたいになったら、あたし名雪お姉ちゃんを守れないよぅ……」
涙目の真琴が訴える。困った顔付きの名雪が祐一を見る。わざとらしく咳払いした祐一が、真琴の肩を叩いていてから言う。
「何度もいってるだろ? お前達は俺が守るって……」
「で、でも!」

 ぴんぽーん!

 玄関チャイムが鳴ると同時に、リビングの空気が凍り付く。名雪にしがみついた真琴は、既に泣き出しそうだった。
「大丈夫、きっと舞が着いたんだ」
「あぅ、でもでも……」
「大丈夫だって……」
 祐一は真琴を名雪に託すと、リビングを出て玄関に向かう。残された3人は真琴を中心にして、部屋の隅でお互いを抱きしめ合う。

 ドアが開く気配がし、同時にことさら明るいトーンでの祐一の声が廊下に響く。腕の中の真琴を安心させようと、名雪もまた明るい声で話し掛ける。
「ほら、やっぱり大丈夫みたいだよ」
「あぅ〜」
「でも、相手の声が聞こえないよ……?」
「あゆちゃん! それはほら、舞さんって無口な人だから……」
 懸命に名雪がフォローしていると、廊下を歩く祐一と誰かもう一人の気配が近寄ってきた。3人が緊張する間もなく、リビングのドアが開かれる。
「やっぱり舞だったぞ。しかも、お土産持参だ」
笑顔の祐一と一緒に、手にビニール袋を持った舞が入ってきた。
「お腹が空いてるんじゃないかと思って……」袋を掲げながら舞が言う。
「夜食……みんなで食べる……」
 袋の中には人数分のお持ち帰り牛丼が入っていた。床に座る名雪に手を差し伸べながら祐一が言う。
「名雪、悪いけど、お茶でも淹れてくれるか? やっぱり、本物の川澄舞だったよ」
「どういう意味?」
 小首を傾げつつ、舞が尋ねる。
「いや、こっちの話だ。気にするな」
「はちみつくまさん……」

 深夜、物音がして真琴が目を覚ます。いや、正確に言えば、色々気になるのでなかなか寝付けなかったのだ。ようやくまどろみ始めた時に、庭から物音がしたので目を覚ましてしまったのだ。
「名雪お姉ちゃん、ねえ起きて! 外で変な音がしたよぅ!」
 真琴が名雪の身体を揺する。だが……。
「じしんだお〜!」
「名雪お姉ちゃん!!」
「うにゅ、いちごさんで〜」
 真琴が何をしようと、名雪が起きるはずもなかった。あきらめた真琴は、意を決して名雪の部屋を出る。自分の部屋でなく、名雪の部屋で寝ていた理由は簡単である。怖いから、だった。
 廊下に出た真琴はあゆの部屋をノックする。反応が返る前にドアを開ける。
「あゆあゆ!」
「うぐぅ〜、どう……したの……真琴ちゃん……?」
名雪と違い、あゆは目を覚ますがちょっとは寝惚けているようだ。無理もない、深夜の2時なのだから。
「外で物音が……。あれ、舞さんは?」
 あゆの部屋で寝ているはずの舞の姿がなかった。布団はもぬけの殻だった。不安に駆られた真琴はあゆの部屋を出る。そして祐一の部屋をノックもせずに開け放つ。
「いない……」
 部屋の主、祐一の姿はどこにも見あたらなかった。眠い目をこすりながら部屋を出てきたあゆがドアの外に立つ。
「祐一君は?」
「あぅ!」
 あゆを突き飛ばす勢いで部屋を出た真琴だったが、階段の所で1階から上がってきた舞に止められる。
「行かない方がいい」
「どうしてよぅ!」
 舞はそれには答えず、階下を指差す。真琴とあゆがゆっくりと視線を舞が指し示す方に移すと、何故か俯いたまま階段を上がってくる祐一の姿があった。
「祐一君、外で何かあったの?」
ちょっと寝惚け気味のあゆが尋ねる。
「ああ、外が騒がしいから様子を見に行っていたんだ。どうやら、野良猫が逃げ込んだらしく、不用意に近付いたら引っ掻かれたよ」
俯いたままの祐一が答える。ゆっくりと階段を上ってくる。
「止まれ!」
 いつの間にか木刀を手にした舞が、その切っ先を祐一に向けながら言う。突然の舞の行動に、あゆはあっけに取られる。
「どうしたの、舞さん!? そんなもの振り回したら危ないよっ!」
しかし、舞の前に立ちはだかろうとするあゆを、真琴は腕を引っ張り後ろに下がらせる。
「ダメ、あゆあゆ!」
「うぐぅ、どうして……?」
 誰もあゆの疑問に答えなかった。階段を上りきった祐一と対峙する舞はもちろん、あゆを後ろから引っ張る真琴もまた、祐一をにらみ付けてその動きに注意していたからだ。
「祐一君……?」
 ようやくあゆが祐一の異変に気が付いた時、彼は一気にその間合いを詰める。そして、舞が手にした木刀をかいくぐると、そのまま体当たりを喰らわせる。
「ぐっ……」
 鳩尾に打撃が加わったらしい舞は、そのまま膝から崩れ落ちる。そして、そんな舞を無視して祐一は真琴とあゆに近付く。
「あゆあゆ!」
 真琴はあゆを突き飛ばし、祐一から遠ざける。しかしその反動で、自分は迫り来る祐一の目の前に飛び出す。
「キシャーッ!!」
 この世のものとは思えない奇声を上げた祐一は、真琴に組み付く。
「祐一兄ちゃん!」
 一縷の望みで祐一の名前を呼ぶ。だが、それは全くの無駄だった。彼女の目の前には、昆虫(Bug)のような目(Eyed)を無数に付けた怪物(Monster)の顔がそこにはあった。そして、その顔の口にあたる部分では、細かい触手がうごめいていた。
「あぅ〜!」
 一瞬棒のように硬直した後、真琴は全身の力が抜けたかのようにグッタリする。そして白目をむいて口から泡を吹き始めた。
「あれ、真琴……?」
 BEM姿の祐一が慌て始める。あゆや舞が駆け寄ろうとした時、真琴の身体からボンッ! という音と共に、白い煙がモクモクと立ち上がる。
「おい、真琴!」
「真琴ちゃん!」
 煙が消えた時、3人はそこにとんでもないものを見た。そしてそのまま立ちつくしていた……。

 だが、名雪はそんな時でも熟睡していた。




取調室

相沢祐一容疑者

 何故あんな事を?

「いや、初めは冗談だったんです。真琴の奴、中途半端に以前の記憶を持っているらしく、こっちが忘れた頃に夜中に悪戯を仕掛けてくるんです。だから、それの仕返しというか、逆襲というか……」

 その割にはずいぶんと凝った仕掛けでしたね?

「ええ、今度宇宙人が攻めてくる映画をやるじゃないですか? で、北川から聞いたんですけど、昔のアメリカでその原作をラジオドラマ化したら、それを聞いた人達が本当だと思ってパニックに陥ったそうじゃないですか? それをちょっと真似てみようかと……」

 それであんなビデオまで作ったんですか?

「いや、北川が妙にノリノリになっちゃって……。無関係の斉藤にまで連絡して、2人だけで画像編集し始めちゃって……」

 あの記者会見の映像は、そのお二人が作った物なのですね?

「はい。だから、途中でチャンネルを変える所まで奴らが作っています。それに合わせてチャンネルを変える演技が難しくて……」

 あの宇宙人のお面は?

「あ、あれは斉藤のです。あいつ、特撮マニアらしく、ああいうの結構持ってるんです。でも、良くできてますよね? 口の周りの触手なんか本物みたいで……」

 ……。

「あはは、あははは」

 判決、有罪(1秒)。

水瀬名雪容疑者

 何で買収されたの?

「うー、イチゴサンデー1週間分……」

 自分の妹を、たかが好物で売ったのですか?

「ち、違うよっ! 私、祐一が夜中にあんな事するなんて、知らなかったんだよっ!」

 ……。

「本当だよっ! 祐一に頼まれたのは、ビデオを見ながら話を合わせる事だけなんだよっ! 大体私、あんな時間まで起きてられないよ……」

 まあそうでしょうけど……。
 判決、有罪(1秒)。

「うー!」

月宮あゆ容疑者

 弁解の余地はありませんね?

「うぐぅ……、鯛焼きに目がくらんだよ……」

 でも何故?

「祐一君に追い付こうと大検受験予備校通いばかりで、みんなと一緒に遊ぶ機会がなかったから……」

 情状酌量の余地はありますが……。

「うぐぅ……?」

 判決、有罪(1秒)。

「うぐぅ!!」

川澄舞容疑者

「何で私が……?」

 どうしてあの時間に来たのですか?

「祐一が、牛丼買って遊びに来いって言うから……」

 それだけですか?

「他に何かある?」

 祐一さんの事、そんなに好きなんですか?

「……ここのところ、会っていなかったから……」

 あの夜中の件については?

「本当に物音がしたから、見に行っただけ。祐一が変な事をしていたから、様子を見ていたら……」

 ふむ、起訴猶予が妥当ですね。

美坂香里参考人

「あたし、電話なんかしてませんよ?」

 ええ、それは着信履歴で分かります。

「ならば何故?」

 情報は多い方が良いですから。

「で、あたしはどうなるんですか?」

 もちろん無罪放免です。

倉田佐祐理参考人

「あははーっ、佐祐理も電話なんかしてませんよーっ!!」

 ええ、それも着信履歴で分かっています。

「でしたら何故……」

 次に呼ぶ容疑者に対する証拠固めです。でも、ちょっと寂しそうですね?

「舞ばっかり祐一さんと遊んで……。あ、いえ何でもないですーっ!」

天野美汐容疑者

 証拠は揃ってますよ?

「はい、罪を認めます。携帯電話の伝言メッセージを悪用して、偽の音声ガイダンスを作りました。時間を見計らって、倉田先輩役で相沢さんに電話もかけました」

 で、それに対する報酬は何だったんですか?

「う……。も、黙秘権は……?」

 これと引き替えなら、黙秘権を認めますが?

「そんな酷な事はないでしょう……」

 ……。

「あ、相沢さんと……一度デート……していただける約束を……」

 はい、有罪(1秒)。

「やはり、こんな事するなんて人として不出来でした……」

 刑の執行は後にするとして、早い所この状態を何とかしないといけませんね……。




「ごめんね真琴、そんなに怖かったのね……」
「うぐぅ、真琴ちゃん、祐一君にしがみついて離れないよ……」
「真琴、不出来な私を許して下さい」
「秋子さん、何とかならないですか?」
 慌てふためく4人の少年少女を前に、秋子はいつものように頬に手を当てて微笑んでいる。
「ない事はありませんよ?」
口調とは裏腹に、内心は自信に満ちあふれている。
(新作を試す良い機会です)
 秋子はゆっくりと立ち上がると、台所に向かう。
「真琴、すぐに元に戻してあげますからね?」
 祐一の膝にしがみついている一匹の狐が秋子の問いかけに答える事はなかった。祐一に優しくなでられるにただ身を任していた……。

翌日

「ほら真琴、肉まん沢山買ってきたから食えよ」
「マンガも沢山あるからね」
「足りなかったら、すぐに買い足しに行くよっ!」
「何か他にやりたい事はありませんか? 何でもして上げますよ」
「あぅ〜、今日のみんな、なんか優しすぎて変……」
 丸々1日分の記憶がない真琴に、半日分の記憶が飛んでいる少年少女がかしずく。好物と大好きな人達に囲まれているのにもかかわらず、その雰囲気の異様さに真琴の目は宙を泳ぐ。
 キッチンからその様子を見ていた秋子は、満足そうに頷くとガラス瓶を棚に戻す。
「大成功ですね」
秋子の言葉を受け、瓶の中でオレンジ色の何かが光り輝く……。




 あの、秋子さん?

「はい、何でしょう?」

 その瓶の中身、原材料は何ですか?

「企業秘密です(はぁと)」

 ……。





後書き

作者:お題SS参加3回目になるサクーシャ(仮)でございます。

香里:中身以前に、自分の脳内だけで有効な設定を、何の説明も無しに使うのってどうなのよ?

作者:真琴の扱いですよね? 本文中で説明するタイミングが見つからなかったもので……(汗)。

香里:じゃあ、せめてここでしておきなさいよ。

作者:はい。この真琴は、ゲーム本編から2年後、記憶をなくしてひょっこり帰ってきたものとして扱っています。祐一との関係も恋人同士ではなく、兄妹のような関係としています。私の中で、2人の関係が兄妹みたいな感じで捉えているからなんです。真琴のキャラが変なのも、その記憶喪失が影響していると……。

香里:あなたの書く真琴って、惣流・アスカ・ラングレーの影響を受けているのよね。それを誤魔化す為の方便なんでしょ?

作者:それは内緒ですってば!(汗)

香里:で、帰ってきた真琴を秋子さんが養女として引き取っているのね?

作者:はい、そうです。戸籍等をどうしたとかは、突っ込まない方向で……。

香里:まあ、その辺はお約束よね……。所で、何故オールキャラ物にしたの?

作者:それはですね、私にとっての真琴シナリオは「真琴は帰ってこない」で終わるからです。まあこれは解釈の違いというより、単に話としての好みの問題ですね。

香里:それとオールキャラ物にした関係は?

作者:オールキャラ物みたいに都合の良い世界でないと、真琴のアフター物は書けないからです。

香里:作らなくてもいい敵を作りかねない発言ね……。

作者:まああくまでも好みの問題ですよ。私はそう言うのが好きだと、それ以上の意味はありません。

香里:他に何か言い訳しておく事はないの?

作者:真琴を騙す過程で祐一が用意する色々なトラップですが、よく考えると穴だらけです。それは分かっていますが、それを煮詰め始めるとSSを書く暇が見つからないんですよ。

香里:あなたって根っからの設定ヲタですものね。

作者:ええ。ですから、適当な所で折り合いを付けないといつまで経ってもSSが完成しないんですよね。ですから、突っ込みどころを見つけても、そこは生暖かく見守って下さい。

香里:あ、そうだ。作中で出てきた「蛸みたいな宇宙人が攻めてくる映画」って、タイトルは何?

作者:さあ? 適当に考えたんで、そんなのないかもしれませんね(笑)。

香里:……。


会場