白い月は真昼の月。
いつでもそこに付き従う
朱い星は今のわたし
再開しそして別れる惑わしの星……
〜軌道〜
『あさー。あさだよー……』
声がする。
私の声。
ジリリリリ……
……五月蠅い
続いて目覚まし時計の大合唱が始まる。
これは朝の恒例行事。
順々に鳴り響く目覚まし時計の音を切るためにスイッチを押して回るのだ。
わたしは……こんなに寝起きが良かったろうか
大量にある目覚まし時計はそんな思考などお構いなしに、順々に彼らの任務をこなしていく。
こんな風にしないと起きられなかった嘗ての自分が、今更ながら恨めしくなる。
全ての目覚ましを止め終わった後、
『あさー、あさだよ』
最初から最後まで聞こえている私の声の発生源を解除する。
これだけずば抜けて鳴り出すのが早いのは、彼が使っていたせいだ。
そういえばあの頃、わたしはこんなに早起きだったろうか?
部屋を出ると、最近二階に付けた洗面台で顔を洗う。
頭はこの上なくハッキリしているのに何故かモヤモヤした気分だった。
着替えて、一階に降りると何時も通り彼女が先に朝食を食べていた。
「あゆちゃんおはようだよ」
「おはよう、名雪さん」
前は半分眠ったまま彼に対してこんな挨拶をしていた。
「あら、名雪。今日も早いのね」
別に驚いている風でもないお母さん。
そうか、早いのか……
「……うん」
食卓の上に用意してあった食パンを、わたしが上の空でオーブントースターに押し込んだとき、見かねた彼女がこういった。
「駅まで一緒に行こうよ」
そういえば、最近一緒に行っていなかったな。
彼女の通うフリースクールはもう少しだけ遅くて良かったし、わたしの就職活動は九月までかかってしまったから時間が合わなかった。久しぶりに一緒に……それも良いかも知れない。
朝食を食べ終わり早朝の道を歩く。
同じ駅までの路のり……
空を見上げると浮かぶのは白い月。
衛星はいつまでもこの惑星の軌道を螺旋状に付き従う。
わたしも月なら良かったのに……
それならばいつでも彼の側に寄り添っていられる。
だからといってわたしはそこに浮かぶ月には慣れない。
駅までの淋しさは、十月の寒さを更に増す効果があった。
彼が家を出て行ってからどれだけ経つだろう……
夏休みが明けると、突然彼は、大学のある街で下宿をすると言い出した。
家からさして遠くないのにだ。
どうせ就職先も大学近辺だから向こうの方が都合がいいし……などと言っていたが、そんな理由はかえって不自然だった。
でも、本当の理由をみんなは知っている。
親友の妹と一緒に暮らすためだ。
わたしには親友と呼べる友が二人いる。
わたしの家に住まう彼女と、もう一人、高校時代の同級生だ。
同級生の親友には妹がいる。
今、彼と共にいる。
彼が大学を卒業して就職する頃、一緒に暮らすことを約束していたのだ。
少しだけそれが早まっただけ……
『そう……残念ね』
お母さんは、そう言いながらもいつものように了承した。本心はともあれ、自主性に任せる姿勢はこの時ばかりは少し恨めしかった。
少しの荷物だけ残して、主の居ない空き部屋がまたひとつ増える。
引っ越しの翌日の朝……目覚ましが成る前に自然と目が覚めた。何となく不思議な気分だった。全ての目覚ましが成る前に、タイマーを解除すると、彼の部屋から声がした。
『あさー、あさだよー……』
気になって確認しに行くと、主の居ない部屋で、虚しく私の声が響いていた。
勝ち目がないのを知っていたはずなのに、それでも未だ見込みがあるように自分を納得くさせていただけだったのだ。
そして、再び、わたしは彼に見捨てられた……
「それでね、繭ちゃんて子がね……」
不意に、彼女の声が耳に入る。
ずっと話しかけてくれていたであろう、彼女の学校の話。
「あっ……。なに、あゆちゃん」
取り繕うようにそう言うわたしに
「やっぱり変だよ、名雪さん。あれからずっと……」
外に対しては取り繕っていたはずなのに、家族同然の彼女にはいとも簡単に見破られている。
人はどれだけ空虚なこころを維持できるものなんだろう……
「……あれからって?」
それでも虚しく抵抗を見せる自分が何故だか滑稽に思える。
「……」
でもそれは、彼女だって一緒の筈だ。
二人とも、七年間待たされていたんだから……
……
一限の卒論ゼミは状況の確認だけだからあっさりと終わる。
二限以降は何も履修はしていないから、何時も通り食堂で軽食を食べて帰ろうと、学内を歩く。
まばらな人の波は、どれも急ぐではなく気ままに行き来する。
ふと今、すれ違った二人連れの人影を振り向いて確認する。
彼……だ。
そして、彼の横にいるのは、親友の妹であってわたしじゃない。
別に声を掛けても良かったのだけれど、今までのように二人に声を掛ける気にはなれない。
幾らわたしでも、もうそこまで野暮にはなれないからだ。
気付かれないように、路を折れる。
そんな風に避ける自分がなんだか卑屈で悲しかった。
その日の昼食は何を食べたんだろう。
そして、どうやって過ごしたのか、朧気にしか憶えていない。
大学の最寄り駅の本屋で立ち読み……、ずっと続きで読んでいる雑誌の連載漫画を流し読み。頭になんか入らない。それと、雑貨屋で時間を潰して……気が付いたら公園に佇んでいた。皮肉にもそこは、彼と親友の妹が儚い愛を語りあったその場所だった。
ふと見上げる空には赤味のある黄色い月光。
月の横には遠慮がちに寄り添う朱い光り。
「そう言えば、今年は火星が接近する年だっけ……」
はあっと吐くと白く濁る自分の息を見ながら呟く。
輝きはルビーのように強く自己主張する。
ぼんやり、その光りに見入っているとふい頬に温もりを感じた。
「あつっ!」
驚いて思わず発した言葉に
「ごめん……熱かった?」
すまなそうな声。その声のあとで、わたしの頬を小さな手のひらがさすってくれる。
わたしは、その手を軽く握った。
「……大丈夫。一寸吃驚しただけだよ」
勿論、その手の持ち主をよく知っていたからそう言ったのだ。
「やっぱり綺麗だよね」
振り向くとそこに彼女がいる。
「名雪さんやボクはたぶん、あの火星みたいなものなんだね」
彼女があっと息を吐くと、息の成分の水蒸気が白く濁って拡散していく。
「近くて遠い、だけど遠くて近いところ。二人ともそんなところで祐一君を見ていたんだ」
少しだけ寂しげな微笑みを浮かべていた。
「でも、ボクはそれでもいい。だって、祐一君や栞ちゃん、そして名雪さんと同じ時間の中で知り合えたんだから」
「あゆちゃんはどうして……」
わたしは言いかけた疑問を途中で飲み込んだ。
「あっ、それはね……」
とわたしの疑問を察すしたようにいった。
「駅前でたい焼きを買ってたら、名雪さんを見つけたんだけど声掛けそびれちゃって。だから、ね。あっ、もちろんお金はちゃんと払ったよ!」
とワザと戯けてみせる。
「寒いね。あゆちゃん」
わたしはそう呟いた。
「あっ、忘れてた。名雪さんこれ」
彼女は手にした紙袋からガサガサと何かを取り出すと私の左手に手渡した。さっき頬に当てられたものは多分これだったんだと思う。
それを受け取ったわたしは彼女の強さを感じ取った
「強いね……。あゆちゃんは」
それは彼女にかけた言葉ではなく、聞こえない筈のわたしの呟き。
「強くないよ……」
「……え?」
「ううん……なんでもない」
わたしより、彼女の方がずっと強い。
……たぶん、いやきっとそうに違いない。
未だ湯気が上がっているたい焼きを頬張ると、未だ熱い粒餡が顔を覗かせる。
舌が少しだけ火傷しそうになるのを庇いながら、たい焼きを頬張る二人。わたしが食べ終わるのを見計らって、白い息と共に彼女は言った。
「ねえ、名雪さん。……お家に帰ろうか」
「そうだね、あゆちゃん……」
二〇〇三年もあとふた月もすれば暮れる。
それよりも早く、あと数日のうちにあの朱い輝きは肉眼では確認できなくなる。
またその輝きを見るのは何時のことになるのだろう……
もしかしたら、もう見ることが出来ないかも知れない光輝。
「あゆちゃん、家まで競争だよ!」
「えっ!? まってよー、名雪さん」
「ぐずぐずしてるとタコに襲われるんだよ〜!」
「えっ? タコってなに〜?」
……ふと思う。
軌道上を遠ざかっているは火星の方なのか、それとも地球の方なのか……
もしかしたら、遠ざかっているんじゃなくて、
お互い次ぎの再開の準備をしているだけなのかも知れない。
次ぎに彼に会うとき、わたしはどんな顔をして接するんだろう……
たぶんその時のわたしも、今のわたしと同じようにの彼女ほど強くはないと思う。
だから、わたしは彼女の強さを少しだけ分けてもらおう。
そして、これから、彼女と同じように、自分の軌道の上を精一杯歩いて行くんだ。
「ねっ、あゆちゃん」
〜fin〜
琴音「姫川琴音です」 澪『上月澪なの』
琴音「こんばんは、澪ちゃん」
澪『こんばんわなの』
おや、今回も代打ですか?
琴音「はい。栞さんも椋さんも花粉症が悪化したそうなので……」
澪『春一番なの……』
……今年は凄いらしいからね。ところで
琴音「解説ですね」
澪『伝言を預かってるの』
……手紙ですか? はて?
澪『風もないのに手紙が浮いているの!?』
噂の”ちから”ですね。
琴音「えっと……ですね、『全然SFじゃないじゃないですか! しかも、あれじゃ私が悪人です! そんな事する人……』」
栞「そんな事する人(ずずーっ)嫌いですっ!」
お後が宜しいようで……(汗