冷たい鎖が張ってある、立ち入り禁止の柵の向こう。
どこかのお店の駐車場兼荷物置き場。商店街にほど近い一角で、かなり広い。
昨夜の雪が吹き溜まって、ものの姿をみんな真っ白にやわらかくしている。
そんな場所に妹を見つけた。
どういうわけか、知らない男の子と一緒だった。
*
体調を崩して寝ていた妹が、ちょっと目を放した隙に抜けだして、いつまでたっても帰ってこない。
じっとしてるのが苦手な妹は、少しよくなるとすぐおもてに出ようとする。こんなことが何度もあって、どうしようもなくその度に学ぶのは、悩んで待つくらいなら、からだを動かす方がまだ楽だということだ。
妹の具合が悪くなると、家の中はぼんやりした間の悪さに包まれる。やさしく、あたりさわりなく、あやふやで、すべてがあいまいな何かになる。のどの奥が苦しくなって、だから、病気がちな妹の様子に気を遣うようになっていた。
街に踏みだしたのはこんな理由で、いそうな場所を訪ねて回らず、なんとなく普段の散歩コースをたどる形になったのは、中途半端な気持ちの現れなのかもしれなかった。
*
熱心に何かをつくっている。
見た目は、骨組み半分の遊園地のコーヒーカップって感じで、かまくらの土台みたいな部分に角材を組んで縛りつけ、ちいさなシャベルで雪をすくってはあちこちに盛りつける。
製作中だと思うけど、完成してもどんな恰好になるのかまだ判らない。
ちゃんと寝てないで男の子と遊んでるなんてね。
人見知りする子だと思ってたら、いつの間にか色気づいちゃってまー。
なんてことを、どこか他人事のように思った。
知り合いが男の子と遊んでるところなんて、声をかける方だって気まずいものだ。普段なら声なんてたぶんかけないけれど。
いつまでもこうしてたって仕方がない。
思い切って、名前を呼ぶ。
きょとんとした顔。
あれ、慌てないってことは違うのかな。
鎖の外れている場所を探して、柵の中にはいる。意味もなく、ふたりの足跡が踏み荒らした場所だけをたどってみる。せっかくの白がもったいない。
立ちあがった妹がこっちを待っている。相手の男の子は何の反応もない。気づいてるくせに、ちょっと癪だ。
あたりを見回すと、絵に描いたような男の子の秘密基地だった。木箱、ダンボール、よくわからないガラクタがたっぷり。ビニル紐。角材。鉄パイプ。
固めた雪で膨らんだ空間をつくり、ここに木箱を並べて椅子の代わりらしい。そこから前後に骨組みが伸びて、四隅の柱を介して天井がつく。
これが基本的な造りで、あとは雑然として統一感のない品物が飾られている。
近くによって見ると、判らなさは余計に増した。つくってる本人にも判ってないかもと思ったりする。
「こんなところで何してるの。寝てなきゃだめじゃない」
熱を計る、外気が冷たくてよく判らないけど、高熱ってわけでもなさそうだった。目も潤んでないし、呼吸も普通だ。
「さ、帰ろ」
妹の手を引く。
バランスをくずして、半身が残ってついてこない。向こう側の手が男の子の背中をつかんでいた。もこもこしたうわぎの後ろ襟がひっぱられて伸びている。
「まあ、そんなにしかってやるな。風邪引くと退屈だし、外に出たいって思うのも仕方ないだろ」
こっちを向かないまま、めんどくさそうな声が割ってはいる。無言のまま何かを訴える妹。頭を揺らして、しかたないなあという顔が振り向いた。
「――星に、さ」
「え?」
「火星にいくんだ」
うんうんと妹がうなづく。
「……どうやって?」
「もちろん、これに乗って」
雪とがらくたのお城は宇宙船になった。
操縦席の中、座席代わりの木箱に坐る。男の子の横顔がすぐ近くだ。
やんちゃで、いたずらっぽい口元、目元。
「とって喰やしないから、そんなに緊張するなって」
「してないわ」
「そうか? 俺はわりと緊張してるぞ、可愛い子といっしょだからな」
へらへらとする。
「可愛い?」
「笑うのが苦手そうだけどな」
「だって、可愛くないもの」
「そっか。でも、苦手なのはホントだろ」
足元には、バケツ代わりの三つ手ちりとり。運んできた妹の胸まで取っ手が来て、いっぱいにつまったそれは、小柄なからだにずいぶんと重たそうだった。
骨組みに雪を盛りつけて、シャベルの背で叩いて固める。熱心に取り組むその姿を見ると、よくも、まあ、懐いたものねと思う。
「妹に男の子の友だちがいるなんて知らなかったわ」
「そりゃそうだろ。あったの今日がはじめてだし。だいたい、休みのあいだしかこっちにいないからな」
やっと気づいたらしく。
「なんだ、あいつの姉ちゃんだったのか」
仔犬じゃないんだから、雪が降ったからってはしゃがなくても。
そんなことを思うほど、妹は元気に走り回っている。
あまり男の子の役にはたってない気がするけど。
妹、転ぶ。毛糸のパンツ見える。
「お、毛糸」
男の子の視線が、こっちを向く。からだの上を微妙に行き来する。
「……何よ?」
「いや、やっぱり同じなのかなーと」
思いっきり足を踏んでやった。
もそもそと起きなおって、ぺたっと雪にお尻をつけた妹は、何を思ったか膝元の雪を丸めだす。
やがて、立ちあがって片手で転がし始めた。
ある程度育つと、転がすのに両手が必要になってくる。立ち止まった妹が黙って男の子を見る。
宇宙船が気になる男の子と、期待に満ちた妹の目との間で緊張が高まる。でも、こういうときの妹はひどく頑固だ。
結局は、ふたりならんで雪玉を転がしている。うらめしそうな目で見る男の子に、苦笑混じりで手を振り返す。
他人が妹に使われている姿は、悔しいような寂しいような。とりあえず、すこしだけ心は軽くなった。
やりはじめると男の子は夢中になるたちらしい。
限界に挑戦してやると宣言して、力のかぎり雪玉を丸めだしたが、ふたり掛かりでも動かせないくらいの胴体を終わり、頭部に取り掛かってしばらくすると、根本的な問題に気がついた。
胴体部分に見合う大きさにつくると、どうにもそれを持ちあげる手段がない。
「どうすんだ、これ」
妹の顔を見て、こっちを見て、また妹に戻って。不謹慎だけど、途方にくれる様子がすこし可笑しい。
「雪だるま、寝ててもいいか? ダメ? わがままなヤツだな」
頭と胴体を並べておいて、不服そうな妹に正面から向き合い、説得にかかった。
「小学生の体力じゃ、いわゆる雪だるまって大きさのはムリだ。大人になったら、がーっと十メートルくらいのをつくってやるから、今日のところは勘弁してくれ」
しょんぼりと心持ち妹が肩を落とすようにする。
「……そうだ、忘れてた」
しばらく続いた無言の時間を破って、ちいさな雪の山を取り崩すと、手品のようにカップのアイスクリームが現れた。
わぁーっという顔をして、妹の気がそらされる。
「しらないのか、アイスの旬は冬なんだぞ。ほら、脂がのってうまそうだろ」
蓋をあけながら、言い訳めいて。自分でも、さすがにアイスは無理があると思ったのだろう。肩をすくめると、ポケットからスプーンを引っ張りだした。
「実はいとこの誕生日にうっかり外で遊んでて、おかげで今日のおやつがアイスになった。あいつめ、俺が寒いの苦手だってしってるくせに」
しみじみと手の中のカップをみつめている。
「ぬくい部屋の中で喰えばうまいんだがな」
カップを掲げて、どう? と目顔で訊いてくるのに、首をふって答える。
「アイス、嫌いか? 温かいのだったらよかったな。なんだ、冷たいのがいいのか」
ひとつのスプーンで男の子と妹が仲良くアイスを分ける。がちがちで、匙をたてるのも一苦労らしく、変わりばんこに表面を掻き取っていた。
「よし、ぼちぼちいい感じになってきたな」
フレームに雪のコーティング。
いまいちでこぼこで滑らかじゃないけど、何かのかたちにはなっている。
骨格の木材は、ほとんど見えなくなった。
予想外に立派なものだ。
「どうやって動かすの?」
じゃんと取りだされる、古びた卓上扇風機。
「これで宇宙に飛びだすんだ」
「宇宙って、空気がないと思う」
「抜かりない。エーテル・リアクターってやつだ」
なんとかリアクター(頸の部分に消えかけたマジックでハ-101とある)を据え付けながら、「なんたって、火星だからな」と男の子は満足げだった。
そういえば、なんで火星なんだろ。順番的には、先に月だと思う。
そう口にすると、ばっかじゃないのという目で哀れまれる。
「月星人ってのは、なよなよしたねーちゃんばっかりなんだぞ。地球人のパチモンみたいな。カッコいいのは、モチロンくらいだな。あんなところは地球のおまけみたいなもんだ。男なら火星だろう。なんたって、主要産業が戦争ってところが燃える」
マーズシティにマーズポート。張り巡らされた運河にドーム都市。大地下洞に火星人の集落、ドライアイスの雪。マーズ、マーズ、血の色の星よ。
「火星には蛸がいるって知ってるか?」
やむを得ぬ事情のもと地球に侵攻してきたが、地球人の卑劣な生物兵器の前についに倒れた、云々。
「やつらの敗因は、地球についての知識が足りなかったせいだからな。アドバイスをする地球人がいれば負けないだろう。だから、ちょっと火星までな」
火星への思い入れをたっぷり語る。なんだか知識と解釈におおきな偏りがあるような気がする。
「そして、マーズポートで運命の恋人と出会うんだ」
蛸が棲んでるって言ってた気がするんだけど……。
「あ、いま馬鹿だなーって思っただろ?」
ふんと肩をすくめる。
あきれたのか感心したのか、自分でもわからない。
「まあ、男のロマンをわかれっても無理だよな」
見覚えのある目つき。
それは、だから女はダメだなーという目であった。
なんとなく、面白くない。
「えい」
背中を向けた男の子に、丸めた雪をあてる。
「ぬあっ」
と大げさな声をあげて仰け反った。
「ふふん、こっちには人質がいるぞ?」
くるっと振り返ると、腕を回して妹の首を抱きよせる。
「さあ、武器を捨ててもらおうか」
じりじり。
追い詰められる。
突然、人質役の妹が男の子の腕の中でもがいた。拘束を振りほどくと、足元にしゃがみこんで、雪だまをまるめ始める。
「うひゃいっ?」
もう一度伸びあがって、握った雪を男の子の襟刳に押し込んだ。
あれは、冷たいと思って可笑しくなる。
男の子は、慌てた様子で雪を取りだしている。
走ってくる、妹。
こっちの味方をするなんて意外だった。
「ふたりがかりは卑怯だぞ」
さすがは、人質をとるような立派な科白だ。
「わ、ちょっとまておい、石入れるのとかは禁止だからな」
妹を背中にかばいながら、男の子と雪合戦になる。
妹と外で遊んだのはいつ以来だったろう。もちろん、そういう経験はあるはずだけど、それがいつだったかはもう思い出せなかった。
遊び疲れて、自然に休憩になった。
気だるくなった空気が満ちて、宇宙船の魔力も翳りを見せる。
あたりもずいぶん踏み荒らされた。
「これが飛んだらいいのにね」
「なんだよ、突然」
妹の前では言えないけど、ごっこ遊びであって飛ぶわけはない。だけど、きっと、ふたりの間ではそういう約束が成り立っているのだ。
「なんだ、そんなもん。じゃ、大丈夫だな」
「大丈夫って?」
「飛べるってこと」
「じゃ、飛ばして見せて」
「飛ぶさ」
反射的に返した、声の響きにびっくりする。
どうして、こんないやなものが出てくるんだろう。口を出しやすいところで否定してみるだけの、膝の力が抜けそうなくらいちっぽけな自分だ。
「今夜あたり、飛ぶかもしれないな」
おどけたような返事には屈託がなかった。自分で思うほど、相手は気にしないものらしい。
「そういう天気だろ?」
花粉症みたいだと気分が軽くなって、釣られるように同じ空を見る。
雲がやや多いが、その間から見える空はきれいな青だ。
速いのか遅いのかよく判らない、遠くのもの独特のテンポで滑らかに移動してゆく。
ごっこ遊びで空を飛べたら。
取り留めのない、口にしたら壊れてしまいそうな何かを。
願うだけで、空にいけるなら。
一番星の時間、あたりは蒼みが深まって。空に星がと気づく頃には、よく見ればもう暗い星がいくつも出ている。
妹をあいだにして、夕方の空にまだ見えにくい星を探してゆく。
火星どれときかれて、男の子はちょっと困った顔をした。
何歩か前に進んで、からだごと振り向く。
「俺の火星は空になんか見えないんだ」
うんと、ひとつ大きく合点して。
「そこだ」
びし。あてずっぽうな方を指している。
「俺の星はその心の中にある。信じる心があれば、星はいつでもそこにある」
むん。胸を張って、仁王立ち。
「いまの科白、ヒーローみたいでちょっとカッコよかったな」
からだの力を抜いて、にったり笑った。
夕飯の食卓で、いつもはうるさいくらいに一日の出来事を話す妹が、男の子のことは秘密にしている。おかしいと思っていたら、食事のあとで熱をだした。
懼れていた通り、家の中の雰囲気が微妙に変わった。病人がいる以上、表面的にどうってことはないけれど。
暖かくって、やわらかくって、静かな、閉じた空間。病人の前でみせる笑顔が、家中にこぼれて張り付いている。部屋の隅で聞こえないように話をする居心地の悪さ。
熱がでると、灯りは毒だ。妹はどんよりとした部屋の中で熱に耐えている。一晩様子を見て、明日の具合しだいで病院に行くかどうかを決めることになるだろう。
薄々予感はしてたのに、止めなかった責任は自分のものだ。
雰囲気にいたたまれなくなって家を出た。どうせ、こっちにまわす気の余裕はないと思う。
懐中電灯をもって、防寒対策でまん丸に膨れて。
雪明かりに、ぼんやりと道が浮かびあがる。
目的もなく出てきたはずなのに、からだはどこに向かうか判っているようで、自然に脚が動きだした。
流れる雲が増えていた。真っ暗な石炭袋が、夜空にいくつも穴ぼこをつくる。
こんなのが、宇宙船の飛ぶかもしれない天気らしかった。
作業を手伝って、見守る権利のいくらかを持っているはずの妹は、熱を出して動けそうもない。
妹の代わりに、とまっすぐには言えないし、出し抜こうと偽悪にもなれない。どちらでもなく、どちらでもある、このあいまいなものを持て余して、道をたどった。
柵の外から、様子を窺う。
夜気がやみ色にわだかまって、かすかに差し込む明るみが、うわっ面をなでるようにしてものの形を浮かばせる。
遊んでいたときとは違う場所みたいだ。でも、記憶と同じ場所。
誰も見ていない夜が来て、それでもまだ宇宙船はそこにあった。
家を離れても、気分は落ち着かない。からだから何かが溢れだしていた。膨らんで張り切った自分を、深い呼吸で無理につかまえる。
ひょっとして、恰好だってそれなりなあの雪の固まりは、単なるごっこ遊びなんかじゃなくって、ほんとに空を飛ぶのかもしれない。
妹の病気とは関係なく、家はやさしい場所なのかもしれないし、火星人は地球を狙っているのかもしれないし、すべてが終わって残るのは痛みではないのかもしれない。かもしれないし、かもしれない。
暗い中から顔をのぞかせて、まるで生きてるみたいだと思った。さっきより、膨らんだような気もする。
足の裏から、力が吸い取られる。地面を通して、うごめく宇宙船が力を集めている。
からだの中のもやもやが、宇宙船の仮初めの命になる。
きっと何かが起こると期待して待つ。
すこし動いた気がする。飛べ飛べ、昇れ。視界が滲んで。地面が揺れて、景色が動いて。
知らないうちに家に戻ってきていた。
倒れる前に、男の子の声を聞いたような気がするけど、よく考えなくても家を知ってるわけがない。妹が教えてるかもしれないけど、つれて来たことまではないはずだ。
実際は、父が捜しに来て運んでくれたんだと後で知った。お説教付きで。
姉妹揃って風邪引きになるわ、こっぴどく怒られるはでさんざん。
あわい期待は裏切られると知ったあの日だった。
*
微熱の続くベッドの中で、マーズポートの夢を見た。
『何やってんだ、妹はもう先にいってるぞ』
いけないわ、あたしには。
妹がほんとは邪魔なの。
だから嫌われてるわ。
からだ中のいやなものが集まり始める。
『ばかだなぁ、そんなの気にしてるのか』
心底あきれたように言う。
『ほら』
こっちに伸ばした指をすうっとさげる。
胸のあたりに赤い光がにじんでいた。思わず胸を押さえるけど、指のすきまから光が漏れる。光はだんだん大きくなって、ついにからだ全体が呑まれそうになる。
戸惑い戸惑う、立ち尽くす、この炎に灼かれて一掴みの灰になるんだ。目の前では、男の子と妹が並んでにっこりと祝福してくれる。
そこにあるのは、古びた未来のデザイン。つやつやでてかてかの着心地の悪そうな衣服、胸のバッジは通信機。無意味に動く歩道に乗って、壁全体が照明になってぼんやり光る。
窓の外に立ち並ぶ、紡錘形の宇宙船。
ぴかぴか光る、アイスクリームのネオン。
通行人は何故かみんな雪だるまの恰好だ。
腰の辺りに大きな蛸のワンポイント。ホルスターにレーザー銃をぶらさげて。
これから敵に目見えんか、気分は胸を張っている。
『準備はいいか? 地球行きはもう出るぞ』
男の子に声をかけられた。
真っ赤なジャンプ・スーツ。腰のまわりで蛸の足の飾りが揺れている。
天をにらんだ巨大な臼砲。これで地球を征服するのだ。
*
次の日からしばらく雪が降り続いて、大雪になった。
年が明けても風邪は抜けず、妹の方が先に熱が引いたくらいだった。
治ってから、あの場所で男の子を待ってみた。いない。
それでも、たまに見に来た。
冬休みが終わった。
雪がやんで、また雪が降ってうずもれる。
宇宙船がくずれて融けるまで。
骨組みはしばらくそこに残っていた。
覚えているのは、飛べるといったあの日の言葉。
その場の勢いで適当に言ったのか、本当に信じていたのか、信じるべきだと思っていたのか。それっきり来なくなって、宇宙船が残骸をさらしていたところを見ると、やっぱり出まかせだったのか。
――まさか妹が目的だったとも思えないけど。
「……ホントに妹が目当てだったなんて」
そんな柄でもない記憶を、よくもまあ思い出したものである。
昨晩の雪で、通りは白く膨らんだ。今年はずいぶん遅かった、この冬はじめての本格的な降りだった。
「とんでっちゃって、七年も帰ってこなかったよ」
ガードレールに並んで腰を寄せて、悪ガキの思い出を語る友だちの話を聴いている。
手紙だしても、それっきりだし、と実に嬉しそうに文句を言った。
「よく、そうやって覚えてるわよね」
「うん。変だった?」
「そりゃ、変じゃないけど」
話題の人物はといえば、妹と約束していたらしい雪だるまの制作に奮闘中だ。
手伝ってるつもりなのか、半分くらいは邪魔をしてるのか、じゃれ付くように妹はころころと愉しそうだった。
「五十メートルなんて、だいたい人力じゃ不可能な領域だろ。校庭ひとつ分くらいの材料がいるぞ。さいわい人手はありますからって、いや、あのな、そりゃ確かに作ろうとは言ったけどさ」
まっすぐに腕を伸ばして、指の間から向こうを透かしてみる。見つめるその先に何があるのか、何が見えるのか。
手の甲を返す。つかめるのは、この手のひらの上のものくらいだ。ほんの一瞬、何かがあったと思ったけど、すぐ風に溶けて見えなくなった。
あいまいなものを恐れていた自分は、相変わらずぼんやりとした不定形のものでいっぱいだ。
名前をつけてそれを形にするのがよいのか、それとも、自然に融けてゆくのを待つのがよいか、他人事のように考えをもてあそんでみたりもする。
よっと反動をつけて、歩道にたつ。
雪をすくって手のひらに。ぎゅっと握って雪球になった。
隣から不思議そうな顔が覗き込んでくる。指を開いてみせると、戸惑ったように、それでも同じように雪球を握って手のひらに乗せる。
何メートルの雪だるまが妥当か、と言いあう後ろ姿。一歩踏み出して、大きくゆっくり下手投げの要領で。あわせるように隣で気配が動いて、軽く山なりになった雪球がふたつ。惚れぼれとするような軌跡を描いて、目標に吸い込まれてゆく。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
動きが止まって、雪の跡をつけたまま、すごい勢いで振り返った。
「こらまて、何かいれただろ、いまの!」
きょとんとした目で、思わず隣と顔を見合わせて、やがて口元が緩んだ。
さあ、いれたのはどっちだ。込められているのは何なのか。
何年も遅刻して、宇宙船はやっと飛べたのかもしれないし、結局、飛ばなかったのかもしれない。それを決められるのは、きっと当人だけだ。妹も、自分も、隣の友人も。
とんと肩を叩かれ、胸元に雪球を抱え込んだ友人の姿。手を伸ばして、はい、と渡される。
大事な時期だっていうのに、わかってるのかしらね。我ながらと思い、ま、仕方ないかと肩をすくめる。そんなポーズで何かをごまかした時点で、もう負けだ。
しゃがみこんだ妹が、雪を握って足もとに並べ始める。あの日見事に裏切ってくれた男の子は、逃げ出そうとして足を滑らせ――かけて、危うくバランスを取り戻す。
服の裾を妹につかまれて、むりやり男の子は雪球を押し付けられた。
飛んでゆく雪球。
手のひらで融けてゆく、形のないものたち。
「すべって、転んじゃえ!」
「わ、それ、ひどいと思う」
そういう季節のある日のことだ。